キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「笑うな!」

顔を赤くする美青年の前でキリはけらけらと無遠慮に笑い転げて、

むくれているラグナードの顔をのぞきこんで、ほほえんだ。


「それだけ、お父さんやお母さんに大切にされてたってことだよ」


ラグナードが一瞬、

息をのむようにして言葉につまった。


「……そう、思うか」


あえぐように言って、

血の気の失せた青白い顔が、苦しそうな表情になった。


「うん。ちょっとうらやましいな」

キリは体の後ろで両手を組んで、ほほえんだまま視線を足下に落とした。


家族のいないキリの無垢で純粋なセリフに、返す言葉が見つからず、

ラグナードは奥歯をかんで、北の空に浮かぶ城をにらんで──



「──ん?」

思わず眉根をよせた。



「あれはなんだ!?」

「人?」

にわかに周囲が騒がしくなり、キリも顔を上げる。

「いや、羽が生えてるぞ」

「翼のある人が飛んでる!」

「天の御使いか……!?」

「こっちに来るぞ!」

人々が指さす空には、
家々の屋根の上をぱたぱたと羽ばたいてこちらへと飛んでくる、白い翼を生やした天の人の姿があった。


「あのバカ……!」


ラグナードが頭を抱えた。


「なにしに行ってたんだ!? 人間観察じゃなかったのか……!?」


人間は普通、空を飛ばない。

地上の人を演じるには、根本的な部分が無視されていた。


「あんなに目立ってどうする気だ……!」

「わーい、ジークフリートー」

うめくラグナードのとなりで、空を見上げて脳天気にキリが手を振った。


白い衣に身を包んだ銀の髪の少年は、
大騒ぎする群衆のまん中にゆうぜんと舞い降りて、


「待たせたな」


ラグナードは無言で、しれっとしている少年の胸ぐらをつかんだ。


「どうした?」


怒りに燃える紫色の瞳を見て、ジークフリートは不思議そうに首をかしげた。


「やや時間はかかったが、地の人について理解できた。カンペキだ」

「何も理解していない! 穴だらけだッ」


ラグナードがわめいて、ジークフリートは心外そうに反論した。


「見ろ。衣の材質も理解して、雪ではなく布というもので再現したぞ?」

「服の前に自分の姿を見ろ……!」


ラグナードは頭痛がして額を押さえた。


肉体を変化させるという天の人の魔法で、白い翼は出したり消したりできるらしい。

いそいそと街へ出かけて行ったジークフリートを見送ったときには、彼の背中にも翼がなかったため、ラグナードも油断していた。


「どうして空を飛んでもどってきた……!?」

「道に迷った。
空から見下ろしてここを探せば、簡単にもどれるからな」


涼しい顔で──というより、相変わらずの氷の彫像のような無表情で、ジークフリートは白い翼をわきわきと動かした。
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