キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
広場を後にした杖は、ゆっくりとした速さでアルマンディンの上を低空で北へと向かう。

「ほんとに布になってるねえ」

オレンジの煉瓦と赤い甍の町並みを見下ろしつつ、キリはジークフリートの衣を引っぱった。

指先からはひんやり冷たい雪の感触ではなく、やわらかな繊維の質感が返ってきた。

ゆったりした袖口の広い衣は、
町の人々が口にしていたように見慣れぬ異国の民族衣装のようでもある。


「それだけじゃねーよ」

銀の髪の少年は表情のない氷のような顔のまま、ふふんと鼻を鳴らした。

「俺が理解するのに苦労したのは、地の人のしゃべり方のほうだ」

「はにゃ? 『おれ』?」

キリが目をまん丸にして、
ラグナードがぎょっとしたように振り向いた。


「どうだ? カンペキだろ。
おまえらが、俺のしゃべり方は地の人のこの外見にふさわしくないといったからな。
同じくらいの外見にある少年を探して、延々と会話をしてしゃべり方を読み取るのは苦労したぞ」


先ほど広場にもどってきた時の会話だけでは、ラグナードもキリも違いに気づけなかったのだが、

得意げに語る天の人のしゃべり方は、
厳めしい言葉遣いからは一転して、ずいぶんとくだけた口調に変わっていた。


「たしかに、芝居のセリフのような不自然な言葉遣いではなくなったようだが──」


地の人を理解したと豪語していたのは、しゃべり方のことだったのかとラグナードはため息を吐いて、

貴族言語で庶民の少年のようなしゃべり方をする天の人をしげしげと見つめた。


「ちょっと口調がくだけすぎだぞ」


それはキリも同様なのではあるが。


「なに!?」


ジークフリートがショックを受けた様子になった。


「まあ、公の場以外では、貴族の子供も大抵そんなものだが……」


子供の頃に遊んだ伯爵家や公爵家の息子たちを思い描きながら、ラグナードはそう言って、

ほっと、ジークフリートが胸をなで下ろした。


「都にいた人と会話して、どんなしゃべり方をしてるか読み取れたの!?」

一方、キリはたいそう驚き、感心した視線を天の人に送った。

「ジークフリートって、この辺りの人間の言葉もわかるの?」


言葉が通じなくとも、魔法によって相手が伝えようとしていることを理解するのは可能だが、

その場合は、もちろんすくい上げることができるのは会話の「意味」だけで、相手がどんなしゃべり方をしているのかなど細かい言葉遣いまでは当然わからない。


しかも、庶民の言語を聞いただけで、
リンガー・ノブリスの言葉遣いにそれを応用して、すぐにくだけた調子で会話できるようになるとは、普通は不可能だ。


「ああ。俺たち天の人間は、生まれながらにしてニーベルングのすべての言語を操ることができるからな」

「すべての言語を!?」

キリはびっくり仰天した。
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