キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「卵の中で、親から魔法で多くの知識と共にすべての言葉を与えられるんだ」

「……たまご…………」

ジークフリートが卵のカラを割って生まれるところを想像しながら、キリは幼いころに月白のミレイから魔法でリンガー・ノブリスを伝えられたことを思い出した。

さすがにエスメラルダの魔法使いも地上の言葉すべては知らないため伝えられないが、天の人たちはあの方法ですべての言語を授けられてから生まれるということのようだ。


「そう言えば、ドラゴンの血を飲めば言葉に不自由しなくなると聞いたことがあるな」

と、ラグナードがつぶやいた。



王都の北の端までたどり着くと、騎杖の下の巨大な城壁の外には黒々とした王の森が広がった。


王都を離れ、
空に浮かぶ城の影に向かって、樹齢何百年という巨木のやや上を北へ飛ぶ。

木々の間に、都の北の門からのびる地上の道がうねうねと走っているのが見えた。



「でもさ、それならさ」

キリは不思議そうに緑の瞳をまたたいた。

「パイロープで竜の姿だったとき、ジークフリートってば王族言語しかしゃべってなかったのはなぜ?」

「リンガー・ノブリスや他の多くの地上の言語は、歯列の外側を覆う頬がなければ発音できないからだ」

「そうなの?」

「真空の内部上空に適した俺たちの強靱な肉体で発音可能なのは、大いなる言語リンガー・レクスのみ」


キリにとっては初めて聞く話だった。

牙がむき出しのドラゴンの口では、王族言語しか話すことができないということらしい。


だからパイロープでもこの天の人は、
話すことはできなくとも、キリとラグナードの貴族語の会話を聞き取れていた様子だったのだ。


「だから人の姿になってから、とつぜん貴族語を話してたのかぁ」

キリは納得した。

「いいなあ、全部の言葉が話せるなんて、便利だなあ」

「おまえたち魔法使いも似たようなものだと思うがな」

ラグナードが苦笑した。

「ぜんぜん違うよ」

「だったら、おまえも世界の言葉を学べばいい」

各地の言語に通じた王子様は、こともなげにそう言った。


いくら王族が英才教育をほどこされると言っても、庶民の言語は独学で学んだものだろう。

ラグナードが、腕っぷしだけではなく頭のほうも優秀なのは間違いない。


「地の人にくらべて、いかに俺たち天の人が優れているかわかったか?」


ふっ、ふっ、ふっ、と、

背中の翼を揺らしてジークフリートは笑った。



──無表情なままで。



「ひっ!?」

「怖ッ」

キリとラグナードは思わず声を上げた。
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