キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
ラグナードは渡り廊下を通り、パラスと隣接する建物へと移動する。

王族の私室がおかれているケメナーテである。

建設された当初は、王族の居室も同じ建物内にあったが、後の時代に専用の別館が建設されて、現在は公私が分けられている。



「護衛が必要な状況なのか?」

と、ラグナードに続いて渡り廊下を歩きながら、ジークフリートは言った。


さりげなく口にしたつもりだったが、
意外にもジークフリートが聞きもらさずに問いただしてきたので、ラグナードは少しだけ驚く。


「まあ、専属の護衛もいるんだが──……」

ラグナードは言葉をにごした。


渡り廊下を過ぎ、足下がまるでゴンドワナの森のコケの上を歩いているような感触に変わる。

もっとも、その色は緑ではなく深紅だ。

毛足の長い、本物の絨毯が石の通路に敷きつめられていた。


「その姿でも魔法は使えるんだろう?」

「ああ、問題ない」

「……人間の姿で、口から液体窒素は吐くなよ」

「──!? ……ああ、わかったぞ」

「今の間はなんだ!? 吐くつもりだったのか! 口から魔法を吐くつもりだったのかッ」

「ま、まさか……地上の魔法使いが口から液体窒素を吐かないことくらい、知ってたに決まってるだろ」


はっはっはっ、と壊れた仕掛け人形のように笑う天の人を見て、言いしれぬ不安が広がるのを感じながら、

ラグナードは半年ぶりの自室の前で足を止めた。


複雑に通路を折れ、階段を上がったり降りたりしたせいで、キリにはもはや建物のどのあたりにいるのかすらよくわからなかった。


豪奢な飾り細工の扉は開け放たれていた。

ラグナードに続いて中に足を踏み入れ、キリは息をのんだ。


キリの小さな家の五倍はある広い部屋である。

床には廊下よりもさらに毛足の長い上等の絨毯が敷いてあった。


天井からはシャンデリアがつるされ、いたるところに置かれた燭台の上で、ろうそくの明るい光がゆらめいている。


部屋の中央に置かれた重厚なテーブルの大きさは、キリのベッドほどもある。


壁には、ガラスのはめられた大きな窓がいくつも並び、いつの間にか明るいブルーの夕闇に包まれた中庭が見えた。

壁の真ん中には、この季節なのでさすがに火は入れられていないが、大きな暖炉があり、

暖炉の上の壁に剣が二本、交差させて飾られていた。


暖炉のそばには、ひじかけのついた大きなソファー。

そして部屋の奥にある、まくらとクッションがたくさん乗った天蓋つきのベッドが目をひいた。
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