キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「おい、こいつは俺以外には慣れていないんだ。不用意に近づくと……」

あわててラグナードはそう言いかけて、


じりじりと後ずさり始めた犬を見て、あっけにとられた。


ぐるる、といううなり声は、やがて甲高い声に変わり、

きゃん、と子犬のように鳴いて、巨大な犬はテーブルの下に逃げ込んだ。


と言っても、テーブルの横幅は犬の体を隠すには小さすぎて、体の半分以上は外に出てしまっている。


「あれれ? 出ておいでー」

キリがテーブルをのぞきこんで手を伸ばすと、犬はおびえきった声を上げて後ろに下がった。

「犬というものは、飼い主以外にはこうなのか?」

などと言いながら、ジークフリートもキリの横からテーブルの下をのぞきこむ。

犬はますますあわれな悲鳴を上げて後ろに下がり、結局ふたたびテーブルの下から出てしまった。


「なんだ? どうしたんだ?」

あぜんとしながら、ラグナードはぷるぷるふるえている巨大な毛皮を見つめた。


「『来るな』『寄るな』『近づくな』って思ってる」

キリが悲しそうにつぶやいた。


ラグナードは目を見開いた。

「魔法使いというのは──動物の言葉もわかるのか!?」


「んーん」

キリは首を横に振った。

「人間と違って、たとえ人間に飼われていても動物の考えはちゃんとした言葉になってないよ。
でも、思い浮かべてるものとか、感情や気持ちみたいなのは読みとれるんだけど……」


しょんぼりとキリは肩を落とした。


「うう、わたしってばいつもこうなの」

「なに?」

「なんでかわからないんだけど、いつも動物に嫌われるのー」


嫌っているというより──と、ラグナードはふるえ続ける犬を見下ろした。


「おびえてないか? こいつ」


「うう、なんでー?」

キリは半べそで犬に手を伸ばす。

「『こわい』『殺される』と思ってるな」

キリの隣でジークフリートが犬の考えを読み取って言った。


「なんにもしないよー。んふふー、わたしとってもいいこだよー」

キリが血走った目になって、必死に魔法で犬にそう伝えながら、ゆっくり歩みよる。


「おい、普通にこわいぞキリ」

ラグナードが顔をひきつらせた。


壁際に追いつめられて、くぅん、きゅうん、と犬は死にそうな声を出して、助けを求めるようにご主人様に視線を向けた。


「もうやめてやれ……!」

見かねてラグナードが言って、


「んふふー、いいこいいこ」

キリがついにふわふわの毛皮をなでて、満足そうな笑顔になった。


「『霧』『こわい』『怪物』『さわるな』『お化け』と思われてるぞ、キリ」

ジークフリートが首をかしげた。

「ええっ? なんで?」

「俺のことは『牙』『食われる』『口』『でかい』『こわい』『化物』と思ってるな……」


ううむ、とジークフリートは考えこんだ。
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