キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「こいつ、俺の天空の姿や、キリにまとわりついたロキの気配が見えてるんじゃねーのか?」

「えっ」

「地上のけものは、人には感じとれないものを敏感に感じると聞くしな」

「それでいつもわたし、動物に猛ダッシュで逃げられちゃうのっ?」


がーん、とキリはショックを受けた。


キリの隣から手を伸ばして、
ジークフリートもふさふさした毛並みをなで、不思議そうに耳をつかんだり、すっかり股の間に隠してしまっているしっぽを引っぱり出したりした。


キリにしっかりと首を抱きしめられて頬ずりされ、
ジークフリートに体のあちこちを観察されて、

観念して目をしっかりと瞑った巨大犬からは、「終わった」「殺された」「食われた」「もうだめだ」という考えが伝わってきた。




ちょうどその時、

数人の若い召使いが湯浴み用のバスタブとお湯を運んで部屋に入ってきた。



キリはあんぐりと口を開けて、


たちまち部屋の一角についたてが置かれ、

バスタブが据えられ、

お湯が張られて、

湯浴みの準備が調えられるのをながめていた。


ジークフリートも目を丸くしてそちらに気をとられ、

二人の注意がそれたすきをついて、
ラグナードの犬はするりと二人の腕をすり抜けてベッドの奥に隠れた。



重武装の鎧をテーブルの上に脱ぎ捨てて身軽な服装になったラグナードが、

「鎧をみがいておけ」

と命じて、


召使いたちが鎧とマントをうやうやしく掲げ持って、部屋を出て行った。



キリはついたてのそばまで歩いていって、あっという間に設置されたお風呂を見下ろした。


絨毯の上に置かれたバスタブにはあたたかなお湯が張られ、

色とりどりのバラの花びらが浮かべられている。


香油が垂らされているのか、花のいい香りがした。



「ほう、これが地上の人の風呂ってやつか? この湯の中に入るのか?」

と、ジークフリートもバスタブをのぞきこんで、めずらしそうに湯気の香りをかいだ。


「ラグナードって……いつもこんなのに入ってたの?」

嵐の晩に訪ねてきたこの王子様が風呂を要求したことを思い出して、キリはぼう然とした。


キリが想像していたお風呂とはまったく違っていた。

せいぜい大きめのたらいにお湯を注いだだけのものだと考えていた。


プラチナブロンドの若者は、絹のシャツのボタンを外しながらほほえんだ。


「入りたければ、おまえも一緒に入るか?」

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