キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「ああ……!」

メイドの少女がうなずき、部屋の扉を開く。

「この奥は、トイレ」

「トイレかッ!」

便器が設置された小部屋を見て、青年が脱力した。


「……では、この家の主はどこだ?」

小さな家には、それ以上部屋は見あたらない。

「まさか、留守中か?」

ここまで来て……と、若者の顔が曇る。

「ううん。いるよ」

メイドはそう言って部屋の真ん中に立ち、

「だったら、どこに……」

口を開きかける騎士の前で、空中に何かの図形を描くように指を動かした。




一瞬で、



部屋中を舞っていたホコリがいっせいに、少女の指先に吸い寄せられるように集まり──


──跡形もなく消え去った。




「お掃除おわりっ」

楽しそうに言って、今度こそ間違いなくキレイになった部屋を見渡し、

「──あ、まだ残ってた」

エメラルドグリーンの瞳は、言葉を失って入り口に立ちつくしたままの青年を映した。

騎士を指さして、細い指が再びしなやかに動き──



白い、白い、真っ白な色が──

この世界で『霧』と呼ばれる恐ろしい物質が、白銀の騎士を包み込んだ。



ぞっとして、思わず腰の剣に手を伸ばした青年の周囲から、しかしその不吉な白い色はすぐに消える。



「これは──」

同時に、自分の体の異変に気づいて青年は息をのんだ。


体中に付着していたホコリも、

深紅のマントを重くしめらせ、アッシュブロンドの髪を濡らしていた雨水も、

鎧の足を汚していた泥も、

さらに足下にあった水たまりまでもが、


霧と一緒に消え失せていた。



「よし、やっとお掃除おわりっ」


嵐の森をさまよっていたことが嘘であるかのように乾いた体を、言葉を失って見下ろし、

それから騎士は、家事の延長であるかのように不思議の力を使って見せた人間を、美しい紫の瞳で穴が開くほどながめた。


「この家に住む霧の魔法使いなら、わたしだけど?」

しゅるりとエプロンのリボンをほどいて、愛らしい顔がほほえむ。

「わたしにご用ってなあに?」
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