キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「ゴンドワナで魔法を使う練習をしててね、練習台に町に出る霧を晴らしてあげたり、ケガをした人を治してあげたりしてたら、みんなが金貨とか宝石とか、色んなものをくれてね」
キリはうれしそうに説明した。
「このドレスは、貴族のお姫様の病気を消してあげたら、お礼にってもらったのー」
「…………」
「とっておきだったんだけど、ダメかなぁ」
がっかりした様子でキリは肩を落とした。
「……いや、いい」
「はにゃ?」
「それで問題ない」
パイロープに向かう時からキリが庶民らしからぬ上等な服を着ていたのは、
魔法のお礼に金品を受け取っていたからかと、ようやくラグナードは理解できた。
キリがさっそく着替え始める。
「ここで着替える気か?」
ラグナードは視線を送ったままうすく笑った。
キリが動きを止めてきょとんとする。
「いけないの?」
「まあ、俺はかまわんが──」
言いつつ、視線を横に向けて、
「──やっぱりだめだ」
ラグナードと同じようにキリの着替えをながめているジークフリートに気がついて、ラグナードはあわてて召使いを呼んだ。
すぐについたてが持ち込まれ、
数人のメイドがキリの着替えを手伝う。
ついたての向こうからは「みゃ」とか「うにゃ」という、子猫がもみくちゃにされているような声が聞こえてきた。
「ああいう服を着るのか?」
じーっと、キリのドレスを観察していたジークフリートが、性別の観念が欠如したセリフを口にした。
「あれは女用のドレスだ!
おまえが着たら、あの変態と同じだ」
女装した兄を脳裏に描きながらラグナードはわめいた。
「では、ああいう服か?」
と、ジークフリートは部屋の入り口にひかえた王室付き執事の上等な服を示す。
「まあ、そうだな」
考えてみれば、ジークフリートは自分の服を魔法で作り出していたのだから、
わざわざ仕立てなくとも案外簡単にふさわしい衣装に着替えることができるのではないかと、ラグナードは一瞬期待して──
「複雑な服だな。
魔法で再現するには間近で観察する必要がありそうだ。
あいつに脱いでもらって、少し借りられるか?」
執事を指さしてジークフリートが非常識きわまりない発言をした。
「……もういい。
貴様の服は民族衣装ということにしておく」
「そうか」
こめかみを押さえたラグナードの気も知らず、
ジークフリートが涼しい顔で背中の羽をぱたぱたと動かした。
「ところでジークフリート、おまえテーブルマナーは……」
服装に匹敵する重要な問題に気がついて、ラグナードは青くなった。
「……知ってるわけがないな」
のほほんと羽を動かしている天の人を見て、絶望的な気分になる。
「テーブルマナー?」と、案の定、人の姿をしたドラゴンは不思議そうな声音でたずねてきた。
キリのほうは、食事の作法という点では特に問題はなかったが──
「とにかく、俺やキリの食べ方を見てマネをしろ」
ラグナードはあきらめてそう言った。
天の魔法使いの学習能力に期待するしかなかった。
「食べるときには、絶対に音を立てるな。
こぼさず残さずに食え。スプーンやフォークは皿と……」
「スプーン? フォーク? さら……って何だ?」
「……食事をする時の道具と入れ物だ!」
ラグナードは目の前が暗転しそうになるのを感じつつ、
「いいか、食べ物はああいう皿の上に乗って出てくる」
ベッドの脇のテーブルの上に置かれた、果物の乗った銀の皿を指さして言った。
「それをスプーンですくったり、フォークで突きさしたりして口まで運ぶんだ、わかるか?」
「ほう?」
ジークフリートは興味深そうに、
わかっているのかどうか、心許ない返事をする。
「わからなければ、周りの人間のマネをしろ。
その時、スプーンやフォークを皿とぶつけてカチャカチャと音を立てるのはマナー違反だ、いいか」
本当は、
こんなテーブルマナーなどよりも、天の人にはもっと根本的なことを教える必要があったのだが──
ラグナードがそれを思い知って後悔するのは、
すべてが手遅れになった後のことだった。
キリはうれしそうに説明した。
「このドレスは、貴族のお姫様の病気を消してあげたら、お礼にってもらったのー」
「…………」
「とっておきだったんだけど、ダメかなぁ」
がっかりした様子でキリは肩を落とした。
「……いや、いい」
「はにゃ?」
「それで問題ない」
パイロープに向かう時からキリが庶民らしからぬ上等な服を着ていたのは、
魔法のお礼に金品を受け取っていたからかと、ようやくラグナードは理解できた。
キリがさっそく着替え始める。
「ここで着替える気か?」
ラグナードは視線を送ったままうすく笑った。
キリが動きを止めてきょとんとする。
「いけないの?」
「まあ、俺はかまわんが──」
言いつつ、視線を横に向けて、
「──やっぱりだめだ」
ラグナードと同じようにキリの着替えをながめているジークフリートに気がついて、ラグナードはあわてて召使いを呼んだ。
すぐについたてが持ち込まれ、
数人のメイドがキリの着替えを手伝う。
ついたての向こうからは「みゃ」とか「うにゃ」という、子猫がもみくちゃにされているような声が聞こえてきた。
「ああいう服を着るのか?」
じーっと、キリのドレスを観察していたジークフリートが、性別の観念が欠如したセリフを口にした。
「あれは女用のドレスだ!
おまえが着たら、あの変態と同じだ」
女装した兄を脳裏に描きながらラグナードはわめいた。
「では、ああいう服か?」
と、ジークフリートは部屋の入り口にひかえた王室付き執事の上等な服を示す。
「まあ、そうだな」
考えてみれば、ジークフリートは自分の服を魔法で作り出していたのだから、
わざわざ仕立てなくとも案外簡単にふさわしい衣装に着替えることができるのではないかと、ラグナードは一瞬期待して──
「複雑な服だな。
魔法で再現するには間近で観察する必要がありそうだ。
あいつに脱いでもらって、少し借りられるか?」
執事を指さしてジークフリートが非常識きわまりない発言をした。
「……もういい。
貴様の服は民族衣装ということにしておく」
「そうか」
こめかみを押さえたラグナードの気も知らず、
ジークフリートが涼しい顔で背中の羽をぱたぱたと動かした。
「ところでジークフリート、おまえテーブルマナーは……」
服装に匹敵する重要な問題に気がついて、ラグナードは青くなった。
「……知ってるわけがないな」
のほほんと羽を動かしている天の人を見て、絶望的な気分になる。
「テーブルマナー?」と、案の定、人の姿をしたドラゴンは不思議そうな声音でたずねてきた。
キリのほうは、食事の作法という点では特に問題はなかったが──
「とにかく、俺やキリの食べ方を見てマネをしろ」
ラグナードはあきらめてそう言った。
天の魔法使いの学習能力に期待するしかなかった。
「食べるときには、絶対に音を立てるな。
こぼさず残さずに食え。スプーンやフォークは皿と……」
「スプーン? フォーク? さら……って何だ?」
「……食事をする時の道具と入れ物だ!」
ラグナードは目の前が暗転しそうになるのを感じつつ、
「いいか、食べ物はああいう皿の上に乗って出てくる」
ベッドの脇のテーブルの上に置かれた、果物の乗った銀の皿を指さして言った。
「それをスプーンですくったり、フォークで突きさしたりして口まで運ぶんだ、わかるか?」
「ほう?」
ジークフリートは興味深そうに、
わかっているのかどうか、心許ない返事をする。
「わからなければ、周りの人間のマネをしろ。
その時、スプーンやフォークを皿とぶつけてカチャカチャと音を立てるのはマナー違反だ、いいか」
本当は、
こんなテーブルマナーなどよりも、天の人にはもっと根本的なことを教える必要があったのだが──
ラグナードがそれを思い知って後悔するのは、
すべてが手遅れになった後のことだった。