キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
スープを見下ろしていた少年を魔法の炎が囲んで、
灼熱の炎がはじけ、
轟音が響きわたる──
──刹那、
呪文から魔法の内容を読み取り、
とっさに爆裂の魔法をかき消そうとしていたキリは、霧の魔法を使うのをやめた。
キリとラグナードを包みこんで、
強力な魔法の壁が出現する。
ガラスでできたワイングラスのようなうすい氷の皮膜は、
熱も衝撃も完全に防いで、
爆発の余波から二人を守り抜いた。
やがて魔法の炎が消えると、
氷の壁もまたとけるようにしてなくなった。
「こんな密閉された空間で、爆発の魔法を使うとは──
己の肉親も巻きこむ気か? 地上の国の王女よ」
爆発の中心に立って、
顔色一つ変えず氷の面貌のまま、
天の魔法使いは冷たい水色の瞳にディジッタを映した。
イスは粉々に吹き飛び、
テーブルは焼けこげ、
バラバラに飛び散った鉱物の具と金属の食器を残して、料理は炭になっている。
「あ……姉上──!」
いまだにナイフとフォークを握りしめたまま硬直していたラグナードが、ようやく両手のナイフとフォークを投げ捨てて声を上げた。
「ああ、すまん。忘れてた」
翼の生えた少年を見すえたまま、忘れっぽい王女様はそっけない口調で謝った。
「頭に血が上ると、ほかのことは考えられなくなってしまうんだ、私は」
とんでもない告白に、キリはあんぐりと口を開けた。
ジークフリートをにらみつけるディジッタの瞳には、剣呑(けんのん)な青い炎がゆらめいている。
「なるほど。
冷静沈着そうに見えて、火のように苛烈だな。
だが、俺が魔法を使わなければ、弟や臣下どころか仕えるべき主君まで巻き添えにしていたぞ」
ジークフリートの言葉を耳にして、
キリは部屋の中を見回す。
燭台やシャンデリアのろうそくは残らず燃えてなくなり、
透明な壁面いっぱいに広がる外の池からのぼんやりした灯りだけが、部屋の中の惨状を照らし出している。
焼けこげた絨毯や入り口の扉は、
爆発の炎が部屋中を満たしたことを物語っていた。
中にいた人間は残らず蒸し焼きになっていてもおかしくない有様だ。
にも関わらず、
部屋の入り口付近でぼう然とたたずむ召使いたちや、
部屋の奥で立ち上がっている国王イルムガンドルも皆、火傷一つ負っていない。
ジークフリートが、
キリやラグナードだけでなくこの部屋にいたほかの人間まで魔法で守っていたことを知って、キリは少し驚いた。
それから、
絨毯や扉とは異なり、部屋の壁には焼けこげた痕跡がまったくないことに気がついて、なんだか変な気がした。
池の中では、
金色のウロコに覆われた怪魚たちが、なにごとかと壁の内側をのぞきに何匹も集まってきていた。
「無用な心配だな」
静かに口を開いたのはイルムガンドルである。
「ディジッタの魔法から我らの身を護るとは意外だが──私が今まとっている衣は特殊な防火布で作られたもの」
それに──と、
鋼のごとき瞳は冷徹に召し使いたちを一瞥(いちべつ)した。
「王家に仕える者ならば、
数百の軍と数千の民を殺した王家の仇敵を討ち滅ぼすため、その命を捧げることを厭(いと)いはしない」
それは、多くの命を背負う覚悟を決めて人の上に立ってきた者の言葉だったが、
自分勝手な王族らしい言い分に思えて、キリは顔をしかめる。
「『数百の軍と数千の民を殺した王家の仇敵』……?」
ジークフリートが目だけを丸くして、イルムガンドルの言葉をなぞった。
「あの一瞬で、
呪文も唱えず、
ディジッタの魔法からこの部屋にいたすべての人間を守り、自らは防ぎもせずに魔法の直撃を受けてなお傷一つ負っていない。
髪の一本から、身につけた衣に至るまでだ」
イルムガンドルは、無傷の少年を頭のてっぺんからつま先までながめて、
「宮廷魔術師や──エスメラルダの魔法使いであっても、地上の人間にはまず不可能なマネだな」
淡々とそう言った。
「決まりだ」
ガン、と
王が靴のかかとを床にたたきつけた。
とたんに、
それが合図だったのか、部屋の扉が開き、鎧で武装した兵士たちが槍や剣を手にしてなだれこんできた。
たちまち、
キリとジークフリートとラグナードは、
兵士たちに切っ先を突きつけられてぐるりと包囲された。
「貴様ら、何のマネだ!?」
キリやジークフリートと同様に武器を突きつけられて、ラグナードがどなった。
「宮闕守護の近衛隊が──誰に刃を向けている!?」
「ご容赦を、殿下」
しかし兵士たちは、武器を納めようとせずに固い声でそう返した。
「陛下のご命令です」
ラグナードが奥歯をかみしめて、姉の国王を見た。
「なんだ……?」
ジークフリートが混乱した様子で首をひねった。
ラグナードは小さく舌打ちする。
「……完全にバレたんだ。おまえの正体がな」
「なに?」
ジークフリートは、まったくもって意外だと言わんばかりに目を見開き、
信じがたいとばかりに首を振った。
「ばかな。俺の演技はカンペキだったハズだ」
「穴だらけだッ」
イライラとラグナードがわめき散らした。
灼熱の炎がはじけ、
轟音が響きわたる──
──刹那、
呪文から魔法の内容を読み取り、
とっさに爆裂の魔法をかき消そうとしていたキリは、霧の魔法を使うのをやめた。
キリとラグナードを包みこんで、
強力な魔法の壁が出現する。
ガラスでできたワイングラスのようなうすい氷の皮膜は、
熱も衝撃も完全に防いで、
爆発の余波から二人を守り抜いた。
やがて魔法の炎が消えると、
氷の壁もまたとけるようにしてなくなった。
「こんな密閉された空間で、爆発の魔法を使うとは──
己の肉親も巻きこむ気か? 地上の国の王女よ」
爆発の中心に立って、
顔色一つ変えず氷の面貌のまま、
天の魔法使いは冷たい水色の瞳にディジッタを映した。
イスは粉々に吹き飛び、
テーブルは焼けこげ、
バラバラに飛び散った鉱物の具と金属の食器を残して、料理は炭になっている。
「あ……姉上──!」
いまだにナイフとフォークを握りしめたまま硬直していたラグナードが、ようやく両手のナイフとフォークを投げ捨てて声を上げた。
「ああ、すまん。忘れてた」
翼の生えた少年を見すえたまま、忘れっぽい王女様はそっけない口調で謝った。
「頭に血が上ると、ほかのことは考えられなくなってしまうんだ、私は」
とんでもない告白に、キリはあんぐりと口を開けた。
ジークフリートをにらみつけるディジッタの瞳には、剣呑(けんのん)な青い炎がゆらめいている。
「なるほど。
冷静沈着そうに見えて、火のように苛烈だな。
だが、俺が魔法を使わなければ、弟や臣下どころか仕えるべき主君まで巻き添えにしていたぞ」
ジークフリートの言葉を耳にして、
キリは部屋の中を見回す。
燭台やシャンデリアのろうそくは残らず燃えてなくなり、
透明な壁面いっぱいに広がる外の池からのぼんやりした灯りだけが、部屋の中の惨状を照らし出している。
焼けこげた絨毯や入り口の扉は、
爆発の炎が部屋中を満たしたことを物語っていた。
中にいた人間は残らず蒸し焼きになっていてもおかしくない有様だ。
にも関わらず、
部屋の入り口付近でぼう然とたたずむ召使いたちや、
部屋の奥で立ち上がっている国王イルムガンドルも皆、火傷一つ負っていない。
ジークフリートが、
キリやラグナードだけでなくこの部屋にいたほかの人間まで魔法で守っていたことを知って、キリは少し驚いた。
それから、
絨毯や扉とは異なり、部屋の壁には焼けこげた痕跡がまったくないことに気がついて、なんだか変な気がした。
池の中では、
金色のウロコに覆われた怪魚たちが、なにごとかと壁の内側をのぞきに何匹も集まってきていた。
「無用な心配だな」
静かに口を開いたのはイルムガンドルである。
「ディジッタの魔法から我らの身を護るとは意外だが──私が今まとっている衣は特殊な防火布で作られたもの」
それに──と、
鋼のごとき瞳は冷徹に召し使いたちを一瞥(いちべつ)した。
「王家に仕える者ならば、
数百の軍と数千の民を殺した王家の仇敵を討ち滅ぼすため、その命を捧げることを厭(いと)いはしない」
それは、多くの命を背負う覚悟を決めて人の上に立ってきた者の言葉だったが、
自分勝手な王族らしい言い分に思えて、キリは顔をしかめる。
「『数百の軍と数千の民を殺した王家の仇敵』……?」
ジークフリートが目だけを丸くして、イルムガンドルの言葉をなぞった。
「あの一瞬で、
呪文も唱えず、
ディジッタの魔法からこの部屋にいたすべての人間を守り、自らは防ぎもせずに魔法の直撃を受けてなお傷一つ負っていない。
髪の一本から、身につけた衣に至るまでだ」
イルムガンドルは、無傷の少年を頭のてっぺんからつま先までながめて、
「宮廷魔術師や──エスメラルダの魔法使いであっても、地上の人間にはまず不可能なマネだな」
淡々とそう言った。
「決まりだ」
ガン、と
王が靴のかかとを床にたたきつけた。
とたんに、
それが合図だったのか、部屋の扉が開き、鎧で武装した兵士たちが槍や剣を手にしてなだれこんできた。
たちまち、
キリとジークフリートとラグナードは、
兵士たちに切っ先を突きつけられてぐるりと包囲された。
「貴様ら、何のマネだ!?」
キリやジークフリートと同様に武器を突きつけられて、ラグナードがどなった。
「宮闕守護の近衛隊が──誰に刃を向けている!?」
「ご容赦を、殿下」
しかし兵士たちは、武器を納めようとせずに固い声でそう返した。
「陛下のご命令です」
ラグナードが奥歯をかみしめて、姉の国王を見た。
「なんだ……?」
ジークフリートが混乱した様子で首をひねった。
ラグナードは小さく舌打ちする。
「……完全にバレたんだ。おまえの正体がな」
「なに?」
ジークフリートは、まったくもって意外だと言わんばかりに目を見開き、
信じがたいとばかりに首を振った。
「ばかな。俺の演技はカンペキだったハズだ」
「穴だらけだッ」
イライラとラグナードがわめき散らした。