キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「大いなる人……?」
巨人のことだろうかと思いながらキリは首をかしげて、
それからふと、この世界ニーベルングも「大いなる」回廊と呼ばれていることに思い当たって、何か関係があるのだろうかと思った。
「おまえは『聖域』に何があるのか知っているのか……!?」
とラグナードが天の魔法使いにたずねた。
「俺も大いなる人の地に降りたことはないが、この世界のまことの姿があるとされている」
ジークフリートはそんな答えを口にした。
「ニーベルングのまことの姿……?」
「だから、そこにいるおまえの姉は、
おまえたち地の人が『ドラゴン』と呼んでただの怪物と思いこんでいる俺たちについても、正しい知識を持っていた──ということだろう」
「聖地巡礼を果たしていなくとも、魔法使いならば竜が『人』であることなど誰でも知っているがな」
と言ったのは、ディジッタだった。
「天の人は、巨大な体で空を飛ぶ浮力を得るために、金属の中でも特に軽鉱石を好むんだ、ラグ」
魔法使いの姉はラグナードにそう告げて、
憎しみととまどいの混じった目で翼の生えた少年をにらんだ。
「だから、『このエバーニアとケノーランドとの間にある軽鉱石の浮遊岩石地帯』には、ときどき軽鉱石を食べに天の人が舞い降りてくることがある」
彼女がなんのことを言っているのか気づいて、ラグナードは息をのんだ。
「では──あのとき姉上が、『彼ら』がローレンシアの奥地ではなく浮遊岩石地帯にいると言ったのは──」
「天の人のことさ」
「俺に見せたあの本に描かれていた、翼の生えた人の絵は……」
「地上の人に化けた天の魔法使いの姿だ。
天の人にとって背中に翼がない姿というのは──我々地上の人間にしてみれば、両腕を失った状態にも等しいということだろう。
六肢のうち一対を消滅させる不安感に耐えきれず、人化した姿になっても背に魔法で翼を作ろうとする場合が多い──と書いてあったページだ」
まさに、人の姿になったジークフリートが示した反応だった。
どうやら、他のドラゴンも同じように翼を生やすということなのか、書物にまでしっかり記された有名な格好だったらしい。
ラグナードがついたうそは、まったくのムダだったわけである。
「魔法の書物には当然、強い力を持った魔法使いのことが書いてあるということだ。
魔法使いならば誰しも、そんな強力な魔法使いについて書かれた本には興味を持つ。
天の魔法使いのことを知らない者などいないだろうよ」
そう言えば、キリも最初にジークフリートと会ったときから、ドラゴンのことをただの怪物ではなく魔法使いだと言っていたなと思い出して、
ラグナードはキリのエメラルドの瞳を見た。
あははは、とキリがピンクの髪の毛の頭をかいて困ったように笑った。
「わたしも天の人のことは知ってたけど、天の人のご飯が宝石や金属だってことまでは知らなかったなー」
キリは、そう言えばと思う。
おとぎ話や物語の中には、
ドラゴンに宝石や金などの宝物を貢いで人間が力を借りる場面がしばしば登場するのだ。
ほかにも、
天空船が空の上で、ドラゴンが貯めこんだ宝物の山がある星を発見したという話などが言い伝えられている。
飛行騎杖の上で、
ジークフリートが吐き出したものを見たときに気づいておくべきだった。
もっとも、
たとえ食器を丸ごと平らげるという奇行がなかったとしても、
爆発の魔法の直撃を受けたのに、爆発の前とまったく変わらないジークフリートの姿は、国王陛下の言うとおりどう見ても地上の人間としては不自然すぎだった。
いくら魔法使いが、魔力で劣る相手から攻撃を受けてへっちゃらだと言っても、
それは本人の体が平気なだけであって、何もしなければ身につけた衣服は当然、焦げたり焼けたりする。
銀の髪の少年の姿は、
衣類もふくめてすべてが魔法によって作り出されたジークフリートの体ということなのだろう。
「さきほどの魔法は、
このガルナティス王国の、天の種族すべてに対する怒りと受け取ってもらおう」
ディジッタはそう言って、
「弟が連れ帰った魔法使いよ、貴様は──どちらだ?」
と、ジークフリートにたずねた。
青い瞳に燃える憎しみの炎の中で、
とまどいの色が強くゆれた。
「どちら……? というのは──」
どういう意味なのだろうと顔を見合わせたラグナードとキリの横で、
「私の弟はどこまでウソをついた?」
ディジッタはそのようにジークフリートにきいた。
「貴様は、弟に助勢し、
貴様の同族を討つのに協力した天の人か?」
あ──
キリとラグナードは、内心声を上げた。
ジークフリートが天の人だと判明しても、
ディジッタやイルムガンドルにとっては、まだその可能性があるのだ。
パイロープでこの国の人間を惨殺したドラゴンを退治するために、
ラグナードとキリが別のドラゴンの協力を得たのだとすれば──
むしろ、はたから見ればそのほうが真実味のある話だ。
ジークフリートが、彼らに協力してこの国と師匠の仇を討ってくれた天の人だという可能性を、ディジッタは疑っていて、
だからこそ、ジークフリートに対してまっすぐな憎しみを向けることができずに、困惑し続けていたのだ。
「それとも──」
その言葉は最後まで続けずに、
もう一つの──
最悪のほうの可能性を問いかけて、
ディジッタの全身から、じわりと怒りがにじみ出る。
一触即発の
ぴんと張りつめた空気が部屋の中を満たす。
どう転ぶかはジークフリートの答えにかかっている。
キリとラグナードは息を止めて天の魔法使いを見つめた。
この場にいる者すべての視線の中心で、
誇り高い天空の魔法使いは、
「いかにも」
当然のごとくに、
うそいつわりのない答えを返した。
ディジッタが
一瞬、息を吸って、
「では、貴様が──」
「そうだ。俺が──」
この国の人間を殺したおまえたちの仇だと、
ジークフリートは相変わらずの無表情で告白した。
巨人のことだろうかと思いながらキリは首をかしげて、
それからふと、この世界ニーベルングも「大いなる」回廊と呼ばれていることに思い当たって、何か関係があるのだろうかと思った。
「おまえは『聖域』に何があるのか知っているのか……!?」
とラグナードが天の魔法使いにたずねた。
「俺も大いなる人の地に降りたことはないが、この世界のまことの姿があるとされている」
ジークフリートはそんな答えを口にした。
「ニーベルングのまことの姿……?」
「だから、そこにいるおまえの姉は、
おまえたち地の人が『ドラゴン』と呼んでただの怪物と思いこんでいる俺たちについても、正しい知識を持っていた──ということだろう」
「聖地巡礼を果たしていなくとも、魔法使いならば竜が『人』であることなど誰でも知っているがな」
と言ったのは、ディジッタだった。
「天の人は、巨大な体で空を飛ぶ浮力を得るために、金属の中でも特に軽鉱石を好むんだ、ラグ」
魔法使いの姉はラグナードにそう告げて、
憎しみととまどいの混じった目で翼の生えた少年をにらんだ。
「だから、『このエバーニアとケノーランドとの間にある軽鉱石の浮遊岩石地帯』には、ときどき軽鉱石を食べに天の人が舞い降りてくることがある」
彼女がなんのことを言っているのか気づいて、ラグナードは息をのんだ。
「では──あのとき姉上が、『彼ら』がローレンシアの奥地ではなく浮遊岩石地帯にいると言ったのは──」
「天の人のことさ」
「俺に見せたあの本に描かれていた、翼の生えた人の絵は……」
「地上の人に化けた天の魔法使いの姿だ。
天の人にとって背中に翼がない姿というのは──我々地上の人間にしてみれば、両腕を失った状態にも等しいということだろう。
六肢のうち一対を消滅させる不安感に耐えきれず、人化した姿になっても背に魔法で翼を作ろうとする場合が多い──と書いてあったページだ」
まさに、人の姿になったジークフリートが示した反応だった。
どうやら、他のドラゴンも同じように翼を生やすということなのか、書物にまでしっかり記された有名な格好だったらしい。
ラグナードがついたうそは、まったくのムダだったわけである。
「魔法の書物には当然、強い力を持った魔法使いのことが書いてあるということだ。
魔法使いならば誰しも、そんな強力な魔法使いについて書かれた本には興味を持つ。
天の魔法使いのことを知らない者などいないだろうよ」
そう言えば、キリも最初にジークフリートと会ったときから、ドラゴンのことをただの怪物ではなく魔法使いだと言っていたなと思い出して、
ラグナードはキリのエメラルドの瞳を見た。
あははは、とキリがピンクの髪の毛の頭をかいて困ったように笑った。
「わたしも天の人のことは知ってたけど、天の人のご飯が宝石や金属だってことまでは知らなかったなー」
キリは、そう言えばと思う。
おとぎ話や物語の中には、
ドラゴンに宝石や金などの宝物を貢いで人間が力を借りる場面がしばしば登場するのだ。
ほかにも、
天空船が空の上で、ドラゴンが貯めこんだ宝物の山がある星を発見したという話などが言い伝えられている。
飛行騎杖の上で、
ジークフリートが吐き出したものを見たときに気づいておくべきだった。
もっとも、
たとえ食器を丸ごと平らげるという奇行がなかったとしても、
爆発の魔法の直撃を受けたのに、爆発の前とまったく変わらないジークフリートの姿は、国王陛下の言うとおりどう見ても地上の人間としては不自然すぎだった。
いくら魔法使いが、魔力で劣る相手から攻撃を受けてへっちゃらだと言っても、
それは本人の体が平気なだけであって、何もしなければ身につけた衣服は当然、焦げたり焼けたりする。
銀の髪の少年の姿は、
衣類もふくめてすべてが魔法によって作り出されたジークフリートの体ということなのだろう。
「さきほどの魔法は、
このガルナティス王国の、天の種族すべてに対する怒りと受け取ってもらおう」
ディジッタはそう言って、
「弟が連れ帰った魔法使いよ、貴様は──どちらだ?」
と、ジークフリートにたずねた。
青い瞳に燃える憎しみの炎の中で、
とまどいの色が強くゆれた。
「どちら……? というのは──」
どういう意味なのだろうと顔を見合わせたラグナードとキリの横で、
「私の弟はどこまでウソをついた?」
ディジッタはそのようにジークフリートにきいた。
「貴様は、弟に助勢し、
貴様の同族を討つのに協力した天の人か?」
あ──
キリとラグナードは、内心声を上げた。
ジークフリートが天の人だと判明しても、
ディジッタやイルムガンドルにとっては、まだその可能性があるのだ。
パイロープでこの国の人間を惨殺したドラゴンを退治するために、
ラグナードとキリが別のドラゴンの協力を得たのだとすれば──
むしろ、はたから見ればそのほうが真実味のある話だ。
ジークフリートが、彼らに協力してこの国と師匠の仇を討ってくれた天の人だという可能性を、ディジッタは疑っていて、
だからこそ、ジークフリートに対してまっすぐな憎しみを向けることができずに、困惑し続けていたのだ。
「それとも──」
その言葉は最後まで続けずに、
もう一つの──
最悪のほうの可能性を問いかけて、
ディジッタの全身から、じわりと怒りがにじみ出る。
一触即発の
ぴんと張りつめた空気が部屋の中を満たす。
どう転ぶかはジークフリートの答えにかかっている。
キリとラグナードは息を止めて天の魔法使いを見つめた。
この場にいる者すべての視線の中心で、
誇り高い天空の魔法使いは、
「いかにも」
当然のごとくに、
うそいつわりのない答えを返した。
ディジッタが
一瞬、息を吸って、
「では、貴様が──」
「そうだ。俺が──」
この国の人間を殺したおまえたちの仇だと、
ジークフリートは相変わらずの無表情で告白した。