キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
ラグナードが口にした言葉が、
ディジッタの心にはまったく響かなかったのだということは明白だった。
「この魔法使いは、私の師匠を殺した。
目の前にその魔法使いがいるのに──挑まずにいることなど、私にはできない」
「お待ちください、姉上!」
銀の髪の少年と、対峙する自分の姉とを、ラグナードは見くらべた。
ディジッタは青い怒りの炎が燃える瞳でジークフリートをにらみ、
ジークフリートは黙って、凍えるような冷たい氷の瞳でディジッタを見つめている。
「俺はこの者の力を、パイロープで嫌と言うほど見ました」
退こうとしない姉に向かって、
ラグナードは、できれば直接言いたくはなかった残酷な真実を告げるしかなかった。
「この地上のどんな魔法使いにも……姉上にも……殺された者の仇を討つことはできません……!」
「かもな」
「そう思うのであれば……」
「これは業(ごう)のようなものなのさ」
「業?」
「魔法使いの業さ。私は魔法使いだから。
たとえ、かなわないとわかりきっていたとしても、挑まずにはいられない」
ディジッタはそう言って、
キリにはとてもよく理解できて、
ラグナードには理解できない内容を続けた。
それは
魔王ロキが、
出会った霧の夜に、
セイを甦らせることよりも偉大な魔法使いになりたいと望んだキリにあわれみとともに告げて、
そしてその後もずっとキリにそう教え続けてきた言葉と同じだった。
「魔法使いというのは、
『どこまでも己の欲望に忠実な者』だからだ」
ごう、と音を立てて、
白い衣の裾を巻き上げ、今にも襲いかからんとするオレンジの炎がジークフリートを囲んだ。
「それに──」
ディジッタは、視界のすみにちらりとキリを映した。
「キミなら知っているかな。
魔法使いには、足りない魔力をおぎなって、己より年経た魔法使いに一矢報いる術(すべ)がただ一つある」
ラグナードがキリをふり返る。
「……知ってる」
キリは目を見開いて、地上の魔法使いと天空の魔法使いをながめたままうなずいた。
「その身を犠牲にすることで、足りない魔力をおぎなえる」
「な──……」
姉がこれからしようとしていることを知って、
ラグナードは戦慄した。
「王子や騎士たちが気高き誇りのために心を押し殺すというのなら」
ディジッタはまっすぐにジークフリートに感情を向けた。
「私が一人でその心を代弁しよう」
「そうか。わかった」
ジークフリートがその憎しみと怒りを受け止めてうなずいた。
「我が名は、王国の宮廷魔術師ディジッタ・ウヴァロヴァイト。
ガルナティスはウヴァロヴァイトの地を預かる公爵にして、かつて神の国に反旗をひるがえした焔狼の王の末裔だ」
ディジッタが名乗りを上げ、
「俺は金の星グニタヘイズのファフナーが眷属、戦士ジークフリート」
炎に包まれても眉一つ動かさず、ジークフリートもまたパイロープでキリたちが耳にした名乗りを上げた。
「姉上、どうかお待ちを……!」
なおも懸命に止めようとするラグナードに口の端だけで軽く笑ってみせて、
「天の戦士ジークフリートよ、パイロープでおまえに立ち向かった我が師は、勝てぬからという理由で戦いを放棄したか?」
ディジッタはジークフリートにそうたずねた。
「いいや」
炎に赤々と白いほおを照らされて、
銀の髪をゆらしジークフリートがかぶりをふる。
「パイロープで俺が殺した火の魔法使いは、他の兵がみな死に絶えても、最期までたった一人でこの俺に勝てぬ戦いを挑み続けた。
今、おまえたちが口にした方法でな」
「────」
ラグナードにはもはや
これ以上、姉にかけるべき言葉が見つからなかった。
「ラグナード、誇りを語るならばおまえも黙って見届けよ」
と、イルムガンドルが言った。
「これはディジッタにとっての、魔法使いとしての誇りをかけた戦いだと思え」
ディジッタの心にはまったく響かなかったのだということは明白だった。
「この魔法使いは、私の師匠を殺した。
目の前にその魔法使いがいるのに──挑まずにいることなど、私にはできない」
「お待ちください、姉上!」
銀の髪の少年と、対峙する自分の姉とを、ラグナードは見くらべた。
ディジッタは青い怒りの炎が燃える瞳でジークフリートをにらみ、
ジークフリートは黙って、凍えるような冷たい氷の瞳でディジッタを見つめている。
「俺はこの者の力を、パイロープで嫌と言うほど見ました」
退こうとしない姉に向かって、
ラグナードは、できれば直接言いたくはなかった残酷な真実を告げるしかなかった。
「この地上のどんな魔法使いにも……姉上にも……殺された者の仇を討つことはできません……!」
「かもな」
「そう思うのであれば……」
「これは業(ごう)のようなものなのさ」
「業?」
「魔法使いの業さ。私は魔法使いだから。
たとえ、かなわないとわかりきっていたとしても、挑まずにはいられない」
ディジッタはそう言って、
キリにはとてもよく理解できて、
ラグナードには理解できない内容を続けた。
それは
魔王ロキが、
出会った霧の夜に、
セイを甦らせることよりも偉大な魔法使いになりたいと望んだキリにあわれみとともに告げて、
そしてその後もずっとキリにそう教え続けてきた言葉と同じだった。
「魔法使いというのは、
『どこまでも己の欲望に忠実な者』だからだ」
ごう、と音を立てて、
白い衣の裾を巻き上げ、今にも襲いかからんとするオレンジの炎がジークフリートを囲んだ。
「それに──」
ディジッタは、視界のすみにちらりとキリを映した。
「キミなら知っているかな。
魔法使いには、足りない魔力をおぎなって、己より年経た魔法使いに一矢報いる術(すべ)がただ一つある」
ラグナードがキリをふり返る。
「……知ってる」
キリは目を見開いて、地上の魔法使いと天空の魔法使いをながめたままうなずいた。
「その身を犠牲にすることで、足りない魔力をおぎなえる」
「な──……」
姉がこれからしようとしていることを知って、
ラグナードは戦慄した。
「王子や騎士たちが気高き誇りのために心を押し殺すというのなら」
ディジッタはまっすぐにジークフリートに感情を向けた。
「私が一人でその心を代弁しよう」
「そうか。わかった」
ジークフリートがその憎しみと怒りを受け止めてうなずいた。
「我が名は、王国の宮廷魔術師ディジッタ・ウヴァロヴァイト。
ガルナティスはウヴァロヴァイトの地を預かる公爵にして、かつて神の国に反旗をひるがえした焔狼の王の末裔だ」
ディジッタが名乗りを上げ、
「俺は金の星グニタヘイズのファフナーが眷属、戦士ジークフリート」
炎に包まれても眉一つ動かさず、ジークフリートもまたパイロープでキリたちが耳にした名乗りを上げた。
「姉上、どうかお待ちを……!」
なおも懸命に止めようとするラグナードに口の端だけで軽く笑ってみせて、
「天の戦士ジークフリートよ、パイロープでおまえに立ち向かった我が師は、勝てぬからという理由で戦いを放棄したか?」
ディジッタはジークフリートにそうたずねた。
「いいや」
炎に赤々と白いほおを照らされて、
銀の髪をゆらしジークフリートがかぶりをふる。
「パイロープで俺が殺した火の魔法使いは、他の兵がみな死に絶えても、最期までたった一人でこの俺に勝てぬ戦いを挑み続けた。
今、おまえたちが口にした方法でな」
「────」
ラグナードにはもはや
これ以上、姉にかけるべき言葉が見つからなかった。
「ラグナード、誇りを語るならばおまえも黙って見届けよ」
と、イルムガンドルが言った。
「これはディジッタにとっての、魔法使いとしての誇りをかけた戦いだと思え」