キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)

ジークフリートを囲んだ炎が勢いを増す。

イルムガンドルが片手を挙げて、ジークフリートに刃を向けていた兵士たちを退かせた。


しかし魔法使い同士の戦いを見届けさせるということなのか、
国王はそのまま兵士たちを部屋の中に残した。

ジークフリートが、わずかに気にするように部屋の中を見回した。

「ああ。この部屋の壁は千年前にヴェズルングがかけた魔法で、どんな武器で破壊しようとしても、どんな魔法で吹き飛ばそうとしても、なぜかいっさい傷つかないんだ。
だからここにしてもらった。

私やおまえが何をしても、他の場所に被害が出ることはないから、安心して反撃していいぞ」

ディジッタがそんなことを言って、

キリはなるほどと思った。


おそらくは池と部屋とをへだてる壁の劣化を防ぐのが目的だろう。

爆発の魔法を受けても傷ついていない壁を見て違和感を感じたが、この部屋には『損傷を霧にして消す』とてもとても強力で高度な魔法がかけられているのだ。

水槽を維持するためだけに、千年も残るこんな難しい魔法をかけるとは、霧のヴェズルングという人はとてつもなく酔狂な魔法使いだったらしい。


──と考えて、
肖像画を目にしたときのように、知り合いとヴェズルングが頭の中で重なって、キリは首をひねった。


「兵士たちのことならば、陛下の言葉通りだ。
私やおまえが気にする必要はないさ」

「いや、そうもいかねーんだ、俺は」

「む……?」

ジークフリートが困った様子でラグナードに目をやって、


ラグナードは奥歯をかみしめる。


ジークフリートがさきほど、キリやラグナードだけではなくこの部屋にいた人間全てを魔法で防御したのは、ラグナードとの誓いを忠実に守ったからだろう。

この国の人間には二度と危害を加えないと約束したから、
どんな形であれ、自分が原因で人間が死ぬことを防いだのだ。

おそらくジークフリートは、決してディジッタにも危害を加えようとはしないに違いない。


しかし──


姉の覚悟を思ってがく然とした。

これではジークフリートが反撃に転じなくとも、ディジッタは命を落とす。

彼はジークフリートの誇りを取りもどすと王や兵士たちに説いたが、
果たして目の前で自分の肉親が命を落としても、ジークフリートと協力してこの国を陥れた黒幕を探すほどの覚悟があっただろうか。


ジークフリートがため息のような吐息をもらして、

ディジッタとジークフリート自身を除き、今度は兵士も含めたキリたち全員を、ガラスのような氷の皮膜が包みこんだ。


思わず兵士たちが身構える。

「大丈夫だよ、これはただの防御の魔法だから」

キリは眉間にしわを作って二人の魔法使いをにらんだまま教えた。


とまどった様子の兵士たちの横で、キリもできることならこの戦いを止めたいと思った。


ディジッタは、すごい才能を持っている。

けれどもそれは、魔法の解読や研究方面の才能だ。


実践的な魔法の才能は、
たしかに宮廷魔術師だけあって、そこらの魔法使いよりはずっと上だけれども、天の人と競うとなれば絶望的なほど皆無だと見受けられた。


もしも、以前キリが命を狙われた、地上最強の火炎使いである青星のアルシャラならば、

最初の爆発の魔法で、
魔法を消す霧の魔法がほどこされた壁以外、この部屋の中にあったすべての物を、炭も残さず消滅させていたはずだ。

そのアルシャラが身を犠牲にしてジークフリートに挑んだならば、ジークフリートもただではすまないだろう。


しかしディジッタが魔法を使った後には、
テーブルや絨毯は焼けこげ、料理は消し炭になって食器だけが残った。


それは言い方を変えるならば、

テーブルも、
絨毯も、
食器も、

ディジッタは消し炭にすらできなかったということなのだ。


あらゆる属性の中でも最も攻撃に適した火の属性で、
爆発という強力な破壊を引き起こす攻撃をしかけながら、
たったこれだけの被害しか出せなかった……。


ディジッタには攻撃魔法の才能はない。

これでは、たとえ身を犠牲にしたとしても──


キリにはむなしい結果がいやというほど想像できた。



キリとラグナードが戦いを止める方法を見いだせぬまま、

「地上の国の王女よ、試してみろ」

ジークフリートがため息をもう一つもらして、冷徹に言い放った。

「地の人の分際で天の魔法使い相手に、身を犠牲にして身の丈に合わぬ魔法を使う愚かなマネごときで、一矢報いることができるかどうか」

「そうさせてもらおう」

ディジッタの青い瞳がひときわ強く輝く。


"ヴィ・ヴェリ・ヴェニヴェルスム・ヴィヴス・ヴィキ"


力を引き出すための呪文を王女の唇が唱えた。

もう誰にも止めることはできなかった。
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