キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「きさまがこの国にしたことの重さをよく覚えておけ」
と、ラグナードはジークフリートに言った。
ジークフリートが、目だけを動かしてラグナードを見る。
凍てついた真冬の空のような水色の瞳を、ラグナードはにらんだ。
「忘れるな。
姉上も、
陛下も、
ここにいる兵士たちも、
そして俺も、
これできさまを許したわけではない」
「誰が誰を許すだと?
地の人が何様のつもりだ。
ラグナード、おまえこそ間違うな」
ジークフリートは無表情に鼻を鳴らした。
「俺たち天の魔法使いは地の人に許しなど求めない」
冷たい双眸をするどく細めて、
「殺めた命の重さを背負うのは当然のことだ。
だが──」
ごう然と天の人は言い放った。
「俺はこの国の人間を何百人、何千人殺めようとも、
罪とも過ちとも思いはしない」
ひざまずいていた兵士たちは拳をにぎりしめる。
それでも、
剣を抜こうとする者は誰もいなかった。
「おまえたちが今、どういう存在を前にしているのかを忘れるな。
俺がおまえに従うのは、
命を助けられた恩義に報い、誇りを取りもどすため。
たとえ地の人に対しても、俺は気高い精神には敬意をもって応えるが、
天の人である俺に許されず、裁かれるのはおまえたちのほうだ。
地上の人間ごときが、この俺を許す許さないなど──思い上がりもはなはだしいぞ」
無言のまま、
ラグナードとジークフリートがにらみ合って──
「えいっ」
冷たく凍った空気を破って、
キリが
ふりかぶったイスの残骸をジークフリートの後頭部にふり下ろした。
ラグナードがあっけにとられ、
兵士たちが目を疑う。
はでな音を立て、
白い頭にぶつかったイスは粉々になった。
「ジークフリートのばか!」
続けてそうどなったキリを見て、兵士たちは青くなる。
たった今、地上の人間が思い上がるなと言っていたばかりの天の人に、思いきり無礼をはたらいた形である。
兵士たちは、
キリの行動が完全に天の人の逆鱗に触れたと思った。
「キリ……何をする……?」
ジークフリートはとまどった口調でたずねて、キリになぐられた後頭部をかいた。
「ジークフリートには人間の気持ちがないっ」
緊張に身を固くする兵士たちをよそに、
キリは、けろりとしたジークフリートの白い顔をにらみつけた。
鈍器で力いっぱいなぐられたにも関わらず、天空の魔法使いはけがをした様子もなくへいぜんと立っている。
「人間の気持ち……?」
「人間らしい感情とか、優しい心がぜんぜんないよ!」
「感情……? 心がない……?」
「その誇り高い頭の中には、ちょっぴりでいいから慈悲や情けってものはつまってないの?」
ジークフリートが目を白黒させる。
とつぜんの暴力を受けても怒りもせず、
ジークフリートはただ、キリのけんまくに驚いている様子だ。
めんくらった天の人をながめて、キリはため息をはいた。
「まあ、天の人にこんなこと言ってもしかたないけどさ」
キリは肩を落としながらぼやいた。
「地上の人間はね、大切な人が死んだら悲しかったり悔しかったりするものなの。
それで普通はね、
悲しんでる人を見たら、
その気持ちがわかって、
自分は悪いことしたなって思って、
ここのあたりが痛くなるものなんだよ」
キリは、ジークフリートの胸を人差し指でぎゅうっと押してみた。
ジークフリートが、冷たい人形のように首をかしげる。
「キリ、俺にはおまえが言っていることはときどきよくわからん」
「そう……」
そうだよね、とつぶやいて、キリは悲しそうにうなだれた。
と、ラグナードはジークフリートに言った。
ジークフリートが、目だけを動かしてラグナードを見る。
凍てついた真冬の空のような水色の瞳を、ラグナードはにらんだ。
「忘れるな。
姉上も、
陛下も、
ここにいる兵士たちも、
そして俺も、
これできさまを許したわけではない」
「誰が誰を許すだと?
地の人が何様のつもりだ。
ラグナード、おまえこそ間違うな」
ジークフリートは無表情に鼻を鳴らした。
「俺たち天の魔法使いは地の人に許しなど求めない」
冷たい双眸をするどく細めて、
「殺めた命の重さを背負うのは当然のことだ。
だが──」
ごう然と天の人は言い放った。
「俺はこの国の人間を何百人、何千人殺めようとも、
罪とも過ちとも思いはしない」
ひざまずいていた兵士たちは拳をにぎりしめる。
それでも、
剣を抜こうとする者は誰もいなかった。
「おまえたちが今、どういう存在を前にしているのかを忘れるな。
俺がおまえに従うのは、
命を助けられた恩義に報い、誇りを取りもどすため。
たとえ地の人に対しても、俺は気高い精神には敬意をもって応えるが、
天の人である俺に許されず、裁かれるのはおまえたちのほうだ。
地上の人間ごときが、この俺を許す許さないなど──思い上がりもはなはだしいぞ」
無言のまま、
ラグナードとジークフリートがにらみ合って──
「えいっ」
冷たく凍った空気を破って、
キリが
ふりかぶったイスの残骸をジークフリートの後頭部にふり下ろした。
ラグナードがあっけにとられ、
兵士たちが目を疑う。
はでな音を立て、
白い頭にぶつかったイスは粉々になった。
「ジークフリートのばか!」
続けてそうどなったキリを見て、兵士たちは青くなる。
たった今、地上の人間が思い上がるなと言っていたばかりの天の人に、思いきり無礼をはたらいた形である。
兵士たちは、
キリの行動が完全に天の人の逆鱗に触れたと思った。
「キリ……何をする……?」
ジークフリートはとまどった口調でたずねて、キリになぐられた後頭部をかいた。
「ジークフリートには人間の気持ちがないっ」
緊張に身を固くする兵士たちをよそに、
キリは、けろりとしたジークフリートの白い顔をにらみつけた。
鈍器で力いっぱいなぐられたにも関わらず、天空の魔法使いはけがをした様子もなくへいぜんと立っている。
「人間の気持ち……?」
「人間らしい感情とか、優しい心がぜんぜんないよ!」
「感情……? 心がない……?」
「その誇り高い頭の中には、ちょっぴりでいいから慈悲や情けってものはつまってないの?」
ジークフリートが目を白黒させる。
とつぜんの暴力を受けても怒りもせず、
ジークフリートはただ、キリのけんまくに驚いている様子だ。
めんくらった天の人をながめて、キリはため息をはいた。
「まあ、天の人にこんなこと言ってもしかたないけどさ」
キリは肩を落としながらぼやいた。
「地上の人間はね、大切な人が死んだら悲しかったり悔しかったりするものなの。
それで普通はね、
悲しんでる人を見たら、
その気持ちがわかって、
自分は悪いことしたなって思って、
ここのあたりが痛くなるものなんだよ」
キリは、ジークフリートの胸を人差し指でぎゅうっと押してみた。
ジークフリートが、冷たい人形のように首をかしげる。
「キリ、俺にはおまえが言っていることはときどきよくわからん」
「そう……」
そうだよね、とつぶやいて、キリは悲しそうにうなだれた。