キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
エッチなイケニエ探し
「そういうことか」
真実を聞いて国王がうなずき、
「もうこれ以上、隠していることはあるまいな」
とラグナードに念を押して、
ラグナードの脳裏にはキリが魔王と契約を結んでいるという、とんでもない秘密がよぎったが──
「ございません」
彼はきっぱりと首を振って答えた。
さすがにこればかりは口にすることができなかった。
その後は、
兵士たちが退出し、
焼けこげたテーブルやイスが運び出され、
新しいろうそくが灯され、
すぐに代わりの食卓が用意されて、
だいなしになったディナーが再開された。
天の人の正体を暴くための食事ではなく、
帰還した王子と客人をもてなすために運びこまれた本物の料理には
もちろん、宝石も金属も混じってはいなかった。
「おいしい!
こんなおいしい料理、だれがどうやって作るのー」
にせのディナーとは比べるべくもない美味な料理の数々に、キリは涙を流さんばかりに感動し、
その様子を見たイルムガンドルは、ほほ笑みながら料理長を呼んでくれた。
「我がガルナティスの誇る王室付きの料理人だ」
と国王が紹介した人間を見て、キリはおどろく。
部屋の中に入ってきて会釈したのは若い女性だった。
ラグナードと同じか、少し上というところだろうか。
きっちりと束ねた金色の長い髪の毛が、きまじめそうな印象を与える。
「ノーラと申す者です。
リンガー・ノブリスは話せませんが、たずねたいことがあれば私が通訳を」
と、ひかえた執事が貴族語で言った。
キリは「魔法使いだから通訳は必要ない」と言おうとしたが、
ちょっと考えて、そのまま執事に通訳してもらうことにした。
もちろんキリには相手が何を言っているのかわかるが、王様にはわからない。
王様の前でそういう会話をするのは失礼な気がしたからだ。
キリは料理の材料や、作り方を事細かに質問し、
ノーラという若き料理長は、丁寧にそれらに答えてくれた。
さらに、キリはふところの小瓶から魔法で羊皮紙を取り出してメモまでし始めて、
あまりの熱心さを見て、ラグナードは眉をひそめた。
「そんなに詳しくお聞きになりたいのなら、日を改めてお教えしますと申しておりますが……」
こちらもおどろいた様子のノーラの言葉を執事が伝えて、
キリは大喜びでその言葉に甘えることにした。
根掘り葉掘り料理の仕方を聞いてきた珍客に、首をひねりながら料理長が退室しようとして、
「あ、最後に一つだけ質問してもいい?」
と、キリは呼び止めた。
「どうぞ」
執事がうながした。
キリは、
女料理長の若くみずみずしい色白の肌や、
すっきりした目鼻立ちや、
深い緑色の瞳をしげしげと観察して、
満足したように笑顔で口を開いた。
「ノーラさんって、処女?」
ラグナードが料理をのどにつまらせてむせ返る。
意味がわからないイルムガンドルとディジッタが不思議そうな顔をした。
執事が耳を疑い、
視線をキリとノーラの間で何往復もさせて、迷いに迷って──
──けっきょく、その質問は通訳せずに料理長を部屋から出した。
「あれー? なんでー?」
質問を伝えてもらえなかったキリが、不満の声をもらした。
「おい!」
王室の料理長を魔王のいけにえにする気かと、ラグナードはキリをにらんだ。
「まあ、いっか。
こんど悪魔の眼でたしかめてみよー」
ラグナードの非難の声もどこ吹く風で、
キリは胸で妖しく光る赤い宝石のブローチをなでて、ぱくりとおいしいお肉を口の中に放りこんだ。
「そう言えば、天の人って石や金属じゃなくても、こういう料理も食べられるの?」
今度は金の食器は食べずに、
ちゃんと料理だけを口に運んでいるジークフリートを見て、
キリはたずねた。
「ああ。俺たちが主に食べるのは空にある鉱物だが、鉱物でなくても基本的になんでも食べることができる」
さげられていくおいしそうな食器を名残惜しそうに見送って、ジークフリートが答えた。
「なんでも!?」
キリはびっくりした。
「そうだ。地上の草や木や、動物ももちろん食べることはできる」
「……そうだった。ジークフリートってばわたしのことも、喰い殺してやるって言ってたんだった」
キリはパイロープで目にした、鋭い牙が並んだ大きな天の人の口を思い出してぶるっとふるえた。
「人間も食べるのか?」
パイロープで殺された者たちの末路を、まさかと想像してラグナードは戦慄する。
「特別な理由でもない限り、地上の人間を食べることは掟で禁止されている。
俺もこれまで地の人を食べたことはねーな」
ラグナードのおそろしい想像をあっさりと否定して、ジークフリートはそう言った。
「掟で? そうなのか」
ディジッタが初耳だとばかりに、興味をそそられた様子で身を乗り出した。
「なぜ禁止されているんだ?」
「地上の人間が俺たちをおそれて、天空に誰も来なくなると困るからな」
どういうことかと首をかしげた地上の人間たちに、ジークフリートは
「おまえたち地上の人間は、昔からいつも大量の軽鉱石を上空に置いて行く」
と言った。
「軽鉱石を……? ──そうか、天空船か!」
ディジッタがなるほどと手を打った。
ニーベルングの内部上空を飛行する天空船。
大昔から変わらず人々が使ってきた天空の船の浮上の仕組みは、軽鉱である。
出航前、
天空船の浮力室には、精製して細かく砕いた大量の軽鉱の欠片がつめこまれる。
軽鉱の砂利を少しずつつめることで、天空船は徐々に浮力を増し、
やがて十分な浮力を得た船は、いかりを切れば上空へと浮かび上がるのだ。
「たしかに。内部上空に浮上したあと、ふたたび地上に降りるために、天空船は上空で軽鉱を捨てていくからな」
少しずつ軽鉱を船外へと排出し、
そうやって今度は重さを増して、天空船は地上へと降下してゆく。
捨てられた軽鉱は二度と回収されることのない、使い捨ての完全な産業廃棄物だ。
「上空で捨てた軽鉱がどこに行くのかはよくわかっていなかったが、つまり……」
ディジッタは天の人の食性と好物を思いうかべた。
ジークフリートがうなずく。
「俺たち天の人が、巨大な体で飛ぶためには大量の軽鉱石を食べる必要がある。
空には火山の噴火などで舞い上がった軽鉱石もたしかに浮いてはいるが、多くの軽鉱は地上の岩石に混じって地上に存在しているからな。
本来は他の含有鉱物の重さで内部上空までは浮いてこないそれらを、地の人は精製して純度の高い軽鉱石にして持ってくる。
地の人が置いていく軽鉱石は、主な食料源だ」
「へええ、そうだったんだ」
キリもはじめて耳にする内容だった。
「考えてみると、軽鉱の欠片を昔からずっと空に捨て続けてたら、内部上空は軽鉱で埋まっちゃうはずだもんね。
天の人が食べてたから、消えていってたのかぁ」
昔から、
上空で遭遇しても、なぜか決して竜が人間の乗った天空船を襲わず、人間に危害を加えない理由は食べ物を置いていくからだったらしい。
ジークフリートがパイロープの人間を惨殺した今回の事件は、やはり相当な例外だったということだろう。
「それにしても、レーヴァンテインの封印がよくとけたな」
ディジッタは、ラグナードのかたわらに置かれた聖剣とキリに視線を送ってうなった。
「むう。あの封印は、誰がほどこしたものだったのか──古代のとても強力な魔法で、私とセイリウスが何度もとこうとしたがダメだったのにな」
「そういう属性ですから」
と、キリは答えた。
「霧の属性は、封印とか、呪いとか……そういった他の魔法を消すことには、とても秀でていますから」
「ちょっと待ってください」
ナイフとフォークの動きを止めて、ラグナードがほおをひきつらせた。
「古代の魔法って……──姉上は、この剣の魔法の封印のことをご存じだったのですか」
「あたりまえだ」
ディジッタはすました顔で料理を口に運びながら、
「聖なる印と呼ばれている刻印と宝玉は、どう見ても力の退行の魔法だ。
昔から、陛下の目を盗んでは聖剣を持ち出して、私が作った封印解除の魔法をセイリウスの魔力でかけてみたが一度もうまくゆかなかった。
力ずくで宝玉をたたき割ろうとしたこともあったが、無駄骨に終わったな」
「あんたたち、王家の聖なる宝剣にそんなことしてたんですか……!」
ラグナードが青くなり、
「ほう。それは私も知らなかったな」
怒りの滲んだ声で王様が言って、ディジッタが固まった。
真実を聞いて国王がうなずき、
「もうこれ以上、隠していることはあるまいな」
とラグナードに念を押して、
ラグナードの脳裏にはキリが魔王と契約を結んでいるという、とんでもない秘密がよぎったが──
「ございません」
彼はきっぱりと首を振って答えた。
さすがにこればかりは口にすることができなかった。
その後は、
兵士たちが退出し、
焼けこげたテーブルやイスが運び出され、
新しいろうそくが灯され、
すぐに代わりの食卓が用意されて、
だいなしになったディナーが再開された。
天の人の正体を暴くための食事ではなく、
帰還した王子と客人をもてなすために運びこまれた本物の料理には
もちろん、宝石も金属も混じってはいなかった。
「おいしい!
こんなおいしい料理、だれがどうやって作るのー」
にせのディナーとは比べるべくもない美味な料理の数々に、キリは涙を流さんばかりに感動し、
その様子を見たイルムガンドルは、ほほ笑みながら料理長を呼んでくれた。
「我がガルナティスの誇る王室付きの料理人だ」
と国王が紹介した人間を見て、キリはおどろく。
部屋の中に入ってきて会釈したのは若い女性だった。
ラグナードと同じか、少し上というところだろうか。
きっちりと束ねた金色の長い髪の毛が、きまじめそうな印象を与える。
「ノーラと申す者です。
リンガー・ノブリスは話せませんが、たずねたいことがあれば私が通訳を」
と、ひかえた執事が貴族語で言った。
キリは「魔法使いだから通訳は必要ない」と言おうとしたが、
ちょっと考えて、そのまま執事に通訳してもらうことにした。
もちろんキリには相手が何を言っているのかわかるが、王様にはわからない。
王様の前でそういう会話をするのは失礼な気がしたからだ。
キリは料理の材料や、作り方を事細かに質問し、
ノーラという若き料理長は、丁寧にそれらに答えてくれた。
さらに、キリはふところの小瓶から魔法で羊皮紙を取り出してメモまでし始めて、
あまりの熱心さを見て、ラグナードは眉をひそめた。
「そんなに詳しくお聞きになりたいのなら、日を改めてお教えしますと申しておりますが……」
こちらもおどろいた様子のノーラの言葉を執事が伝えて、
キリは大喜びでその言葉に甘えることにした。
根掘り葉掘り料理の仕方を聞いてきた珍客に、首をひねりながら料理長が退室しようとして、
「あ、最後に一つだけ質問してもいい?」
と、キリは呼び止めた。
「どうぞ」
執事がうながした。
キリは、
女料理長の若くみずみずしい色白の肌や、
すっきりした目鼻立ちや、
深い緑色の瞳をしげしげと観察して、
満足したように笑顔で口を開いた。
「ノーラさんって、処女?」
ラグナードが料理をのどにつまらせてむせ返る。
意味がわからないイルムガンドルとディジッタが不思議そうな顔をした。
執事が耳を疑い、
視線をキリとノーラの間で何往復もさせて、迷いに迷って──
──けっきょく、その質問は通訳せずに料理長を部屋から出した。
「あれー? なんでー?」
質問を伝えてもらえなかったキリが、不満の声をもらした。
「おい!」
王室の料理長を魔王のいけにえにする気かと、ラグナードはキリをにらんだ。
「まあ、いっか。
こんど悪魔の眼でたしかめてみよー」
ラグナードの非難の声もどこ吹く風で、
キリは胸で妖しく光る赤い宝石のブローチをなでて、ぱくりとおいしいお肉を口の中に放りこんだ。
「そう言えば、天の人って石や金属じゃなくても、こういう料理も食べられるの?」
今度は金の食器は食べずに、
ちゃんと料理だけを口に運んでいるジークフリートを見て、
キリはたずねた。
「ああ。俺たちが主に食べるのは空にある鉱物だが、鉱物でなくても基本的になんでも食べることができる」
さげられていくおいしそうな食器を名残惜しそうに見送って、ジークフリートが答えた。
「なんでも!?」
キリはびっくりした。
「そうだ。地上の草や木や、動物ももちろん食べることはできる」
「……そうだった。ジークフリートってばわたしのことも、喰い殺してやるって言ってたんだった」
キリはパイロープで目にした、鋭い牙が並んだ大きな天の人の口を思い出してぶるっとふるえた。
「人間も食べるのか?」
パイロープで殺された者たちの末路を、まさかと想像してラグナードは戦慄する。
「特別な理由でもない限り、地上の人間を食べることは掟で禁止されている。
俺もこれまで地の人を食べたことはねーな」
ラグナードのおそろしい想像をあっさりと否定して、ジークフリートはそう言った。
「掟で? そうなのか」
ディジッタが初耳だとばかりに、興味をそそられた様子で身を乗り出した。
「なぜ禁止されているんだ?」
「地上の人間が俺たちをおそれて、天空に誰も来なくなると困るからな」
どういうことかと首をかしげた地上の人間たちに、ジークフリートは
「おまえたち地上の人間は、昔からいつも大量の軽鉱石を上空に置いて行く」
と言った。
「軽鉱石を……? ──そうか、天空船か!」
ディジッタがなるほどと手を打った。
ニーベルングの内部上空を飛行する天空船。
大昔から変わらず人々が使ってきた天空の船の浮上の仕組みは、軽鉱である。
出航前、
天空船の浮力室には、精製して細かく砕いた大量の軽鉱の欠片がつめこまれる。
軽鉱の砂利を少しずつつめることで、天空船は徐々に浮力を増し、
やがて十分な浮力を得た船は、いかりを切れば上空へと浮かび上がるのだ。
「たしかに。内部上空に浮上したあと、ふたたび地上に降りるために、天空船は上空で軽鉱を捨てていくからな」
少しずつ軽鉱を船外へと排出し、
そうやって今度は重さを増して、天空船は地上へと降下してゆく。
捨てられた軽鉱は二度と回収されることのない、使い捨ての完全な産業廃棄物だ。
「上空で捨てた軽鉱がどこに行くのかはよくわかっていなかったが、つまり……」
ディジッタは天の人の食性と好物を思いうかべた。
ジークフリートがうなずく。
「俺たち天の人が、巨大な体で飛ぶためには大量の軽鉱石を食べる必要がある。
空には火山の噴火などで舞い上がった軽鉱石もたしかに浮いてはいるが、多くの軽鉱は地上の岩石に混じって地上に存在しているからな。
本来は他の含有鉱物の重さで内部上空までは浮いてこないそれらを、地の人は精製して純度の高い軽鉱石にして持ってくる。
地の人が置いていく軽鉱石は、主な食料源だ」
「へええ、そうだったんだ」
キリもはじめて耳にする内容だった。
「考えてみると、軽鉱の欠片を昔からずっと空に捨て続けてたら、内部上空は軽鉱で埋まっちゃうはずだもんね。
天の人が食べてたから、消えていってたのかぁ」
昔から、
上空で遭遇しても、なぜか決して竜が人間の乗った天空船を襲わず、人間に危害を加えない理由は食べ物を置いていくからだったらしい。
ジークフリートがパイロープの人間を惨殺した今回の事件は、やはり相当な例外だったということだろう。
「それにしても、レーヴァンテインの封印がよくとけたな」
ディジッタは、ラグナードのかたわらに置かれた聖剣とキリに視線を送ってうなった。
「むう。あの封印は、誰がほどこしたものだったのか──古代のとても強力な魔法で、私とセイリウスが何度もとこうとしたがダメだったのにな」
「そういう属性ですから」
と、キリは答えた。
「霧の属性は、封印とか、呪いとか……そういった他の魔法を消すことには、とても秀でていますから」
「ちょっと待ってください」
ナイフとフォークの動きを止めて、ラグナードがほおをひきつらせた。
「古代の魔法って……──姉上は、この剣の魔法の封印のことをご存じだったのですか」
「あたりまえだ」
ディジッタはすました顔で料理を口に運びながら、
「聖なる印と呼ばれている刻印と宝玉は、どう見ても力の退行の魔法だ。
昔から、陛下の目を盗んでは聖剣を持ち出して、私が作った封印解除の魔法をセイリウスの魔力でかけてみたが一度もうまくゆかなかった。
力ずくで宝玉をたたき割ろうとしたこともあったが、無駄骨に終わったな」
「あんたたち、王家の聖なる宝剣にそんなことしてたんですか……!」
ラグナードが青くなり、
「ほう。それは私も知らなかったな」
怒りの滲んだ声で王様が言って、ディジッタが固まった。