キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「ディジッタ!
聖剣には正当な継承者以外けっしてふれてはならぬと、亡き父上からもきつく言われていたはずだ!」
イルムガンドルが妹に雷を落とした。
「継承者以外が聖剣にふれれば災いを招くと、昔から言い伝えられている!」
「……ハイハイ、スミマセンデシタ」
「なんだその言い方は! 反省の色がないぞ!」
「だって迷信ですよ、そんなの。
陛下やラグナードだって、いつも供の者に聖剣を持たせてたじゃないですか」
「またそんなへりくつを──」
悪びれたところのないディジッタに向かって王様が声を荒げ、
「災いを招く……」
キリとジークフリートとラグナードは顔を見合わせた。
「それって、ジークフリートが言ってたことかな」
「そういう意味だろうな」
「姉上、単なる迷信というわけではないかもしれませんよ」
ラグナードはディジッタに、
ジークフリートがパイロープで語った話をして、
「ひょっとすると、魔法使いが聖剣にふれないようにするための言い伝えだったのではないでしょうか」
と言った。
「ジークフリートが言うように、
この聖剣に封印をほどこした何者かは、聖剣の封印がとかれ、多くの者がこの力を目にして、剣をめぐる流血の争いが起きることを危惧したのかもしれません」
ディジッタが肩をすくめた。
「ま、セイリウスに封印がとけなかった時点で、そこらの宮廷魔術師くらいじゃ、絶対にとけない封印だったってことだけどね」
キリはすこうし首をかたむける。
「王女様の双子のご兄弟のセイリウス……様って言うのは、やっぱり優秀な魔法使いだったんですか?」
「まあね。私は研究者タイプだけど、彼は私とは正反対で実際に魔法を使うことに長けてたんだ。
バリバリ実戦向きの魔法使いだったよ」
「へえ……」
「火の属性であれほど強い攻撃魔法が使える者がもしも今も王国にとどまっていたなら、戦場ではさぞ戦果を上げられただろうにな」
王様が惜しいという口調で言って、
何かを後悔するかのように唇をかみしめ、軽く首をふった。
火の属性……とキリは口の中でつぶやく。
「セイリウスのことがあったからな」
ラグナードをながめて、イルムガンドルは赤い眉をよせた。
「今回、おまえが行方知れずになったときも、五年前を思い出して心配したぞ」
イルムガンドルは嘆息し、苦笑した。
「あまり心配させるな」
と、弟に言う。
「兄上と一緒にしないでください」
ラグナードが笑った。
「俺はそのまま失踪したりはしませんよ」
「ああ──そういう意味ではない」
「え……?」
ラグナードがきょとんとして、
ディジッタとイルムガンドルが、ほんのわずかだけ無言で視線を交わした。
まるで、なんらかの秘密を共有する者同士のように。
「──いや、なんでもない」
と、イルムガンドルはすぐにその話題を切り上げた。
ラグナードはけげんに思いながら、兄が失踪した五年前の記憶をたどった。
双子の魔法使いのうち、
ディジッタは二十歳になるよりもずっと前から、皇太子を辞退すると公言していたが、
セイリウスは、けっきょく立太子式の当日までどうするつもりなのか返答を延ばし、
当日になるや、置き手紙一つで行方をくらまして、
よりにもよって立太子式の日に姿を消したのである。
王子が消えたと宮廷中をひっくり返す騒ぎになったのは言うまでもない。
十五歳のラグナードはわけもわからず、つきぬけた兄の行動におどろいたものだ。
「む……? どうかしたか、キリ」
じいっと
ディジッタの顔に食い入るような視線を送っているキリに気づいて、彼女が首をかしげた。
「あはははは。いや、髪が長かったときは気がつかなかったんだけど……」
キリは、肩よりも短くなってしまったディジッタのオレンジ色の髪の毛を見つめた。
「こうして短い髪になると、王女様の顔って、どこかで見たことがあるなーと思って」
「なに!?」
ディジッタが目を丸くして、
「もともと知り合いだったのか、ディジッタ」
イルムガンドルがたずねた。
「初対面だと言ったじゃないか、ラグ!」
わすれっぽいお姫様は弟をにらんで、
「うーん……えーと……待ってくれ。
おかしいな。
霧の魔法使いなんて、そんなめずらしい相手に会ったら覚えてるはずなんだ」
なにやら必死に思い出そうとしている。
「いや。初対面だと思ったんですが……」
ラグナードはキリに「姉上と会ったことがあるのか、キリ」ときいた。
「んーん。初対面だよ」
「「やっぱり初対面じゃないか!」」
ラグナードとディジッタが声を合わせた。
「『王女様とは』初対面」
キリはそんな言い方をして、
「えーと、いちおう聞きたいんですけど、双子ってことは、セイリウス様と王女様は『同じ顔』ってことですか?」
「ん? ああ、そうだ」
ディジッタが首肯する。
双子は、まれに普通の兄弟のように顔が異なるめずらしいケースもあるが、
ほとんどの場合、男女の兄妹であっても性別が同じであっても、まったく同じ顔で生まれてくる。
「あ、なるほど。セイリウスのほうと会ったことがあるということか?」
ディジッタがぽんと手を打った。
「えっ」
ラグナードがキリを見つめた。
「そうだろう、そうだろう。
私は王宮を一歩も出ずに研究室に閉じこもってたのに、おかしいと思ったんだ。
世界中を放浪しているセイリウスとなら、キリがどこかで会っていてもおかしくはないからな」
記憶違いではなかったらしいと知れて、ディジッタが胸をなで下ろした。
「兄上と会っているのか?」
一方のラグナードは、意外な話を聞いて目を丸くする。
「いや、あはは、違うかも」
「なんだ、違うのか」
「うーん、どうなんだろ」
火の属性で、
世界中を放浪していて、
『ディジッタと同じ顔』で、
攻撃魔法が得意な魔法使い。
キリはきれいな王女様の顔をながめつつ、
「まさかね……」
とつぶやいた。
ここで
物語の舞台は、
空中宮殿カーバンクルスより遠く離れた、オリバイン王国とガルナティス王国の国境地帯へと移る──
「気がついたか?」
まぶたを開けた若者は、まぶしい輝きに瞳を射抜かれて目を細めた。
「あれ? ここは……いてて」
うめきながら身を起こし、痛む頭を押さえる。
目が覚めるような水色のコートと、燃えているかのような明るいオレンジの髪のコントラストが鮮やかだ。
「街道をはずれた森の中だ。
まったく、【青星のアルシャラ】が何をしてる?」
近くの木の根に腰かけ、あきれた口調で言って彼を見下ろす人物を見上げて、
アルシャラは虹色の瞳を大きく見開いた。
「あんた──【紫電のル・ルー】」
聖剣には正当な継承者以外けっしてふれてはならぬと、亡き父上からもきつく言われていたはずだ!」
イルムガンドルが妹に雷を落とした。
「継承者以外が聖剣にふれれば災いを招くと、昔から言い伝えられている!」
「……ハイハイ、スミマセンデシタ」
「なんだその言い方は! 反省の色がないぞ!」
「だって迷信ですよ、そんなの。
陛下やラグナードだって、いつも供の者に聖剣を持たせてたじゃないですか」
「またそんなへりくつを──」
悪びれたところのないディジッタに向かって王様が声を荒げ、
「災いを招く……」
キリとジークフリートとラグナードは顔を見合わせた。
「それって、ジークフリートが言ってたことかな」
「そういう意味だろうな」
「姉上、単なる迷信というわけではないかもしれませんよ」
ラグナードはディジッタに、
ジークフリートがパイロープで語った話をして、
「ひょっとすると、魔法使いが聖剣にふれないようにするための言い伝えだったのではないでしょうか」
と言った。
「ジークフリートが言うように、
この聖剣に封印をほどこした何者かは、聖剣の封印がとかれ、多くの者がこの力を目にして、剣をめぐる流血の争いが起きることを危惧したのかもしれません」
ディジッタが肩をすくめた。
「ま、セイリウスに封印がとけなかった時点で、そこらの宮廷魔術師くらいじゃ、絶対にとけない封印だったってことだけどね」
キリはすこうし首をかたむける。
「王女様の双子のご兄弟のセイリウス……様って言うのは、やっぱり優秀な魔法使いだったんですか?」
「まあね。私は研究者タイプだけど、彼は私とは正反対で実際に魔法を使うことに長けてたんだ。
バリバリ実戦向きの魔法使いだったよ」
「へえ……」
「火の属性であれほど強い攻撃魔法が使える者がもしも今も王国にとどまっていたなら、戦場ではさぞ戦果を上げられただろうにな」
王様が惜しいという口調で言って、
何かを後悔するかのように唇をかみしめ、軽く首をふった。
火の属性……とキリは口の中でつぶやく。
「セイリウスのことがあったからな」
ラグナードをながめて、イルムガンドルは赤い眉をよせた。
「今回、おまえが行方知れずになったときも、五年前を思い出して心配したぞ」
イルムガンドルは嘆息し、苦笑した。
「あまり心配させるな」
と、弟に言う。
「兄上と一緒にしないでください」
ラグナードが笑った。
「俺はそのまま失踪したりはしませんよ」
「ああ──そういう意味ではない」
「え……?」
ラグナードがきょとんとして、
ディジッタとイルムガンドルが、ほんのわずかだけ無言で視線を交わした。
まるで、なんらかの秘密を共有する者同士のように。
「──いや、なんでもない」
と、イルムガンドルはすぐにその話題を切り上げた。
ラグナードはけげんに思いながら、兄が失踪した五年前の記憶をたどった。
双子の魔法使いのうち、
ディジッタは二十歳になるよりもずっと前から、皇太子を辞退すると公言していたが、
セイリウスは、けっきょく立太子式の当日までどうするつもりなのか返答を延ばし、
当日になるや、置き手紙一つで行方をくらまして、
よりにもよって立太子式の日に姿を消したのである。
王子が消えたと宮廷中をひっくり返す騒ぎになったのは言うまでもない。
十五歳のラグナードはわけもわからず、つきぬけた兄の行動におどろいたものだ。
「む……? どうかしたか、キリ」
じいっと
ディジッタの顔に食い入るような視線を送っているキリに気づいて、彼女が首をかしげた。
「あはははは。いや、髪が長かったときは気がつかなかったんだけど……」
キリは、肩よりも短くなってしまったディジッタのオレンジ色の髪の毛を見つめた。
「こうして短い髪になると、王女様の顔って、どこかで見たことがあるなーと思って」
「なに!?」
ディジッタが目を丸くして、
「もともと知り合いだったのか、ディジッタ」
イルムガンドルがたずねた。
「初対面だと言ったじゃないか、ラグ!」
わすれっぽいお姫様は弟をにらんで、
「うーん……えーと……待ってくれ。
おかしいな。
霧の魔法使いなんて、そんなめずらしい相手に会ったら覚えてるはずなんだ」
なにやら必死に思い出そうとしている。
「いや。初対面だと思ったんですが……」
ラグナードはキリに「姉上と会ったことがあるのか、キリ」ときいた。
「んーん。初対面だよ」
「「やっぱり初対面じゃないか!」」
ラグナードとディジッタが声を合わせた。
「『王女様とは』初対面」
キリはそんな言い方をして、
「えーと、いちおう聞きたいんですけど、双子ってことは、セイリウス様と王女様は『同じ顔』ってことですか?」
「ん? ああ、そうだ」
ディジッタが首肯する。
双子は、まれに普通の兄弟のように顔が異なるめずらしいケースもあるが、
ほとんどの場合、男女の兄妹であっても性別が同じであっても、まったく同じ顔で生まれてくる。
「あ、なるほど。セイリウスのほうと会ったことがあるということか?」
ディジッタがぽんと手を打った。
「えっ」
ラグナードがキリを見つめた。
「そうだろう、そうだろう。
私は王宮を一歩も出ずに研究室に閉じこもってたのに、おかしいと思ったんだ。
世界中を放浪しているセイリウスとなら、キリがどこかで会っていてもおかしくはないからな」
記憶違いではなかったらしいと知れて、ディジッタが胸をなで下ろした。
「兄上と会っているのか?」
一方のラグナードは、意外な話を聞いて目を丸くする。
「いや、あはは、違うかも」
「なんだ、違うのか」
「うーん、どうなんだろ」
火の属性で、
世界中を放浪していて、
『ディジッタと同じ顔』で、
攻撃魔法が得意な魔法使い。
キリはきれいな王女様の顔をながめつつ、
「まさかね……」
とつぶやいた。
ここで
物語の舞台は、
空中宮殿カーバンクルスより遠く離れた、オリバイン王国とガルナティス王国の国境地帯へと移る──
「気がついたか?」
まぶたを開けた若者は、まぶしい輝きに瞳を射抜かれて目を細めた。
「あれ? ここは……いてて」
うめきながら身を起こし、痛む頭を押さえる。
目が覚めるような水色のコートと、燃えているかのような明るいオレンジの髪のコントラストが鮮やかだ。
「街道をはずれた森の中だ。
まったく、【青星のアルシャラ】が何をしてる?」
近くの木の根に腰かけ、あきれた口調で言って彼を見下ろす人物を見上げて、
アルシャラは虹色の瞳を大きく見開いた。
「あんた──【紫電のル・ルー】」