キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「久しぶりだな」と言って、
キリがラグナードに現代最強だと語った、雷光を操るエスメラルダの魔法使いは嘆息した。
「解毒治療はほどこしておいたが──大量に毒キノコでも食ったのか?」
ル・ルーのその言葉で、アルシャラはようやく自分の身に起きたことを思い出す。
「ちくしょう、逃げられた!
あんのやろう──」
「逃げられた? あのやろう?」
ル・ルーはアルシャラの口から飛び出したセリフをオウム返しにくり返して、目を丸くした。
「まさか……【魔法喰いの天狼】に襲われて返り討ちにしたやつがいたのか!?」
げらげらと腹を抱えて笑い出したル・ルーを、
アルシャラはダイヤのように輝く七色の瞳でにらみつけて、急いで立ち上がった。
「クソッ、早く追いかけねーと」
「おいおい」
ル・ルーは笑い転げながら、アルシャラに声をかける。
「おまえが返り討ちにされたのが何時間前のことか知らんが、
そいつはもうとっくにどこか遠くに逃げちまってるぞ」
アルシャラはオレンジの眉をよせて、
二人の頭上でこうこうと輝いている真昼の太陽のような光が、
魔法によって生み出された、プラズマの青白い光であることに気づいた。
「あれ? 今って──昼間じゃねえの? もう夜?」
「夜だ」
アルシャラは周囲の木々をきょろきょろと見回し、
「ル・ルー、あんた──任務はどうした?」
その人物が目の前にいることの異常さにやっと気づいて、木の根に腰かけたル・ルーを穴が開くほどながめた。
「なんでオリバイン王国にいるんだ?
あんたは『ガルナティスにいるはず』だろ」
「ここはガルナティス王国領だ。
たしかにオリバイン王国領との国境付近だけどな」
「はあ?」
ぽかんとなるアルシャラを見て、やれやれとル・ルーは肩をすくめる。
「パイロープに向かったはずのおまえが、オリバイン王国の街道の真ん中でのびていると使い魔が教えてきた。
かけつけてみれば、ありとあらゆる中毒症状を起こして倒れてやがる。
ふつうの魔法使いならとっくに死んでておかしくない症状だったぞ。
あんな目立つ場所に放置しておくわけにもいかんから、俺がここまで運んで治療してやったんだ。
まったく、感謝しろよ」
「あんた、毒の治療なんてできたのかよ……」
「俺は天才だからな。なんでもできるんだ」
ル・ルーはすました顔で言って、
「てっきりバカが食中毒でも起こしたのかと思ったんだけどな。
おまえを行動不能した人間がいるとは驚きだ」
と、双眸をややするどくした。
「いったいどんな大物だ?」
問われて、アルシャラは整った顔をいまいましそうにゆがめた。
「大物も大物だぜ」
紫の髪をした幼児の、まがまがしい笑みが脳裏に浮かんだ。
「魔王様召還の罪で逃亡中のおたずね者だ」
「それは──」
ル・ルーが小さく息を吸った。
「毒のシムノンか!?」
ル・ルーは絶句する。
「クソッ、ひとかみでもできてりゃ勝ちだったんだ」
アルシャラは凶暴な狼のような目つきで毒づいた。
「この俺様が、かみつくこともできねェとは……」
他人から魔法を奪うアルシャラの魔法は、
相手の血肉から情報を読み取り、
一瞬で、相手の魔法をまるごと自分の脳へとコピーするというものである。
「消し炭にしちまったら意味がねえから、手加減してたらやられちまった。
クソ、喰いたかったなァ」
くやしそうに歯ぎしりするアルシャラを、あぜんとしながら見つめて
「よく命があったな」
と、ル・ルーは言った。
「シムノンの討伐に向かった魔法使いはすべて殺された。
教国から逃亡した当時、俺もあの老人と戦ったが──」
「生きてるじゃねーか」
アルシャラはにやりとした。
「ふん、俺は天才だからな」
ル・ルーもまたこともなげに鼻を鳴らした。
「たしかシムノンは、さらった霧の属性の子供を解放して、十年間姿を消していたはずだ。オリバイン王国にいたのか?」
ル・ルーがたずねて、
「それがよォ」
くっくっく……とアルシャラは肩をゆらして笑った。
「こりゃ、あんたに伝えておいたほうがいい情報かもな。
俺様ってば、大事件を目撃しちまったんだなァ」
アルシャラは、毒の魔法使いの現在の容姿や、
紫の髪の子供が白昼堂々とやってのけた大胆不敵な暗殺をル・ルーに話して聞かせた。
「オリバイン王国の国王が──殺されたのか」
ル・ルーが何事かを考えこむ。
「内紛か」
「たぶんな」
「だとすれば命じたのは──ゼノリスとか言ったか──国王の弟だな」
「…………」
ル・ルーは、
急にだまったアルシャラの、明るい赤毛をちらと見やる。
「五年前のことでも思い出したか」
「うるせェよ」
「おまえのときも……現場に残されていたのは、おまえの弟の剣だったな」
「──だまれ」
アルシャラは凄絶(せいぜつ)な目で押し殺した声を出した。
「もしも、あれがラグナードのやったことなら──俺様はあいつを絶対に許さねえ」
キリがラグナードに現代最強だと語った、雷光を操るエスメラルダの魔法使いは嘆息した。
「解毒治療はほどこしておいたが──大量に毒キノコでも食ったのか?」
ル・ルーのその言葉で、アルシャラはようやく自分の身に起きたことを思い出す。
「ちくしょう、逃げられた!
あんのやろう──」
「逃げられた? あのやろう?」
ル・ルーはアルシャラの口から飛び出したセリフをオウム返しにくり返して、目を丸くした。
「まさか……【魔法喰いの天狼】に襲われて返り討ちにしたやつがいたのか!?」
げらげらと腹を抱えて笑い出したル・ルーを、
アルシャラはダイヤのように輝く七色の瞳でにらみつけて、急いで立ち上がった。
「クソッ、早く追いかけねーと」
「おいおい」
ル・ルーは笑い転げながら、アルシャラに声をかける。
「おまえが返り討ちにされたのが何時間前のことか知らんが、
そいつはもうとっくにどこか遠くに逃げちまってるぞ」
アルシャラはオレンジの眉をよせて、
二人の頭上でこうこうと輝いている真昼の太陽のような光が、
魔法によって生み出された、プラズマの青白い光であることに気づいた。
「あれ? 今って──昼間じゃねえの? もう夜?」
「夜だ」
アルシャラは周囲の木々をきょろきょろと見回し、
「ル・ルー、あんた──任務はどうした?」
その人物が目の前にいることの異常さにやっと気づいて、木の根に腰かけたル・ルーを穴が開くほどながめた。
「なんでオリバイン王国にいるんだ?
あんたは『ガルナティスにいるはず』だろ」
「ここはガルナティス王国領だ。
たしかにオリバイン王国領との国境付近だけどな」
「はあ?」
ぽかんとなるアルシャラを見て、やれやれとル・ルーは肩をすくめる。
「パイロープに向かったはずのおまえが、オリバイン王国の街道の真ん中でのびていると使い魔が教えてきた。
かけつけてみれば、ありとあらゆる中毒症状を起こして倒れてやがる。
ふつうの魔法使いならとっくに死んでておかしくない症状だったぞ。
あんな目立つ場所に放置しておくわけにもいかんから、俺がここまで運んで治療してやったんだ。
まったく、感謝しろよ」
「あんた、毒の治療なんてできたのかよ……」
「俺は天才だからな。なんでもできるんだ」
ル・ルーはすました顔で言って、
「てっきりバカが食中毒でも起こしたのかと思ったんだけどな。
おまえを行動不能した人間がいるとは驚きだ」
と、双眸をややするどくした。
「いったいどんな大物だ?」
問われて、アルシャラは整った顔をいまいましそうにゆがめた。
「大物も大物だぜ」
紫の髪をした幼児の、まがまがしい笑みが脳裏に浮かんだ。
「魔王様召還の罪で逃亡中のおたずね者だ」
「それは──」
ル・ルーが小さく息を吸った。
「毒のシムノンか!?」
ル・ルーは絶句する。
「クソッ、ひとかみでもできてりゃ勝ちだったんだ」
アルシャラは凶暴な狼のような目つきで毒づいた。
「この俺様が、かみつくこともできねェとは……」
他人から魔法を奪うアルシャラの魔法は、
相手の血肉から情報を読み取り、
一瞬で、相手の魔法をまるごと自分の脳へとコピーするというものである。
「消し炭にしちまったら意味がねえから、手加減してたらやられちまった。
クソ、喰いたかったなァ」
くやしそうに歯ぎしりするアルシャラを、あぜんとしながら見つめて
「よく命があったな」
と、ル・ルーは言った。
「シムノンの討伐に向かった魔法使いはすべて殺された。
教国から逃亡した当時、俺もあの老人と戦ったが──」
「生きてるじゃねーか」
アルシャラはにやりとした。
「ふん、俺は天才だからな」
ル・ルーもまたこともなげに鼻を鳴らした。
「たしかシムノンは、さらった霧の属性の子供を解放して、十年間姿を消していたはずだ。オリバイン王国にいたのか?」
ル・ルーがたずねて、
「それがよォ」
くっくっく……とアルシャラは肩をゆらして笑った。
「こりゃ、あんたに伝えておいたほうがいい情報かもな。
俺様ってば、大事件を目撃しちまったんだなァ」
アルシャラは、毒の魔法使いの現在の容姿や、
紫の髪の子供が白昼堂々とやってのけた大胆不敵な暗殺をル・ルーに話して聞かせた。
「オリバイン王国の国王が──殺されたのか」
ル・ルーが何事かを考えこむ。
「内紛か」
「たぶんな」
「だとすれば命じたのは──ゼノリスとか言ったか──国王の弟だな」
「…………」
ル・ルーは、
急にだまったアルシャラの、明るい赤毛をちらと見やる。
「五年前のことでも思い出したか」
「うるせェよ」
「おまえのときも……現場に残されていたのは、おまえの弟の剣だったな」
「──だまれ」
アルシャラは凄絶(せいぜつ)な目で押し殺した声を出した。
「もしも、あれがラグナードのやったことなら──俺様はあいつを絶対に許さねえ」