キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
テーブルに立てかけた剣に手を伸ばしたラグナードを見て、キリはきょとんと首をかしげた。

「昔、一年だけエスメラルダにいたことがあるの。
シムノンのクソジジイはエスメラルダの出身だったから。……それがどうかした?」

「霧のシムノンが──エスメラルダの魔法使い……!?」

ラグナードは衝撃を受けたように目を見開いた。

「うん、そう。
シムノンのバカがエスメラルダを裏切って、あちこちの大陸を渡り歩くようになってからも、あのジジイとの会話は貴族語だったから、今でも喋ることができるの」

「エスメラルダを裏切った……そうか、ならば問題ない」

キリの言葉をなぞり、ラグナードは何やら納得したのか剣から手を離した。

「?」

キリは不思議そうに首をかしげていたが、やがてテーブルのまん中に卵がたくさん入ったカゴをどんと置いてラグナードの向かいのイスに座った。


「どうぞ」

と、ニコニコしながら少女はラグナードの前に置いた空っぽのカップと、カゴの中に山盛りになった卵とを示した。


「なんだコレは?」

何を勧められているのか理解できず、ラグナードは向かいに座った少女の笑顔に視線を送った。


テーブルの上には、湯気を立てる温かいミルクが注がれた小さなピッチャーと、砂糖壺、はちみつの入ったガラスの器が置かれている。

お茶のための用意に見えるが、肝心のお茶はどこにも見あたらなかった。


「何って……飲み物だけど」


言われて、ラグナードは空っぽのカップを見下ろした。

それから、卵の積み上がったカゴをながめた。


これまでの人生でお茶うけに卵が出てきたことはなかったが、キノコばかり口にしていた身には、ゆで卵でもそれなりにまともな食べ物には思えた。

しかし、目の前の娘が言う飲み物とやらはどこにあるのかわからない。


彼の混乱をよそに、キリはニコニコとほほえみ続けている。

「好きなだけ召し上がれ」

空のカップを前にそう言われ、これは嫌がらせということなのだろうかと、ラグナードがその可能性に行き着いたとき、


「わたしも一杯飲もっと」

言うなり、キリの手が伸びてカゴの中の卵を一つつかみ上げ──


テーブルの縁にコンコンと軽く殻をぶつけて、あろうことかカップの中に卵を割り入れた。


山と積み上げられていたのは、ゆで卵ではなく生卵だったらしい。


あぜんとするラグナードの前で、白い少女の手はさらに一つ、二つとカゴの中の卵をカップへと割り入れ、

生卵の入ったカップの中を、ティースプーンでカチャカチャとかき混ぜ始めた。


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