キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「うわなにそれ、こわっ」

キリは乗り出していた身をそらした。

「そんなの見たら軽くトラウマになりそうだね」

「そうだな」

実際、泣いて大騒ぎしたその女中のせいで、パイロープの異変は怪物のせいだと噂は宮廷中に広まった。

「異変がその怪物のせいなのか、それとも異変が起きたせいで怪物が出現したのかはわからんが……」

「でもさー、一年前って……ガルナティスのそんな話、聞いたこともないよ」

いくら異なる大陸の話でも、そういう怪談のたぐいは、噂好きの旅人や吟遊詩人たちによって一年もあれば世界中で知られていておかしくない。

「お前がこんな森の奥でどうやって世間の話を聞くのかは知らんが、この話が他国に広まっていないのは当然だな」

「どうして?」

「戒厳令をしいたからに決まっている」

こんなこともわからないのかと、冷ややかな目をキリに向けてラグナードはいらだたしげに言った。


「ガルナティスは国境を七つもの国と接しているんだぞ?

国内の異変が国外に知れ渡ってみろ。攻め込む好機と思われるに決まっている」


言われて、キリは本棚の上に置かれていたニーベルングの世界儀を見上げた。

エメラルドの瞳にとらえられたとたん、世界儀はふわりと宙に浮き、吸い寄せられるようにテーブルの上へと着地する。


五つの大地をかたどった半透明の地図が、海に見立てたガラス製のリングの内側に貼りつけられ、それが真鍮で作られた台座の上に乗っている。

この世界の形を忠実に再現した美しい模型だ。

台座には【大いなる回廊】というリンガー・レクスの文字が刻まれていた。
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