キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
きっぱりと言い切ったキリを見つめて、ラグナードはしばらく口にする言葉が見つからずに黙っていた。


少女の言葉の前半は、そうなることが明らかだったからだ。

実際、彼が自分に仕えることを許すと言った時、そこにあったのは戦争とはまた別の事柄に対する打算だったのだが──

それでも、本当に彼女がパイロープの異変をなんとかできる力を持っていたなら、手元に置いておけば隣国との戦争でも大いに役立つと考えなかったと言えばうそになる。

彼には、パイロープを奪還したあと、国の戦力につながりそうな魔法使いをそのまま自由にしてやるつもりはなかった。


「それは、誓いのようなものか?」


ややあって、ラグナードは思いついて尋ねてみた。

少女の言葉の後半は、十七歳の娘が自分で考えて口にした内容というよりは、誰かの教えをかたくなに守っているような印象があった。


「師匠の教えか?」

「シムノンの? まっさかー」

キリは、あり得ないことだと言わんばかりに、大きな目をくりくりさせた。

「あのクソジジイがわたしに教えてくれたことなんて、『気に入らないやつは裏切って後ろから殴り倒せ』ってことくらい」

「……素晴らしい教えだな」

「シムノンなんかじゃなくて、もっと大事な人が教えてくれたの」

そう語るキリは、シムノンを毛嫌いする時とは打って変わってとてもうれしそうだ。


「己の力のすべてを己以外のために使いたいと思ってしまったら──魔法使いは弱くなるんだって」


またしても、ラグナードがこれまで聞いたことのない話だった。


「だから、命がけでどこかの国に仕える宮廷魔術師は、己のためにしか動かないエスメラルダの魔法使いよりも弱いし、

もしも恋をして誰かに心を奪われてしまったなら、その魔法使いは強い魔法が使えなくなる」


キリにそんな教えを授けた「もっと大事な人」というのは、ロマンティシストな人物だったのだろうか。

恋をすると魔法が使えなくなる……とは、まるで宮廷貴族たちが好みそうな、いささかロマンティックにすぎる話だとラグナードは思う。


「魔法使いになりたいなら、誰にも仕えず誰にも支配されちゃダメなんだって。

人を殺すときも生かすときも、自分の命令にだけ従って自分のためにだけ魔法を使え、

世界は自分のためにあると思え! ──って、その人は言ってた」


「…………」


あどけない娘になんてことを教える人物だろうとラグナードは思った。

しかしどうやらキリは、その教えを無垢に信じているようだ。


「だからね、わたしはラグナードの臣になったりはしないけど、でも、条件次第ならラグナードと『雇用契約』を結んで、パイロープに行ってあげてもいいよ」

キリはにっこりと笑んでそんなことを言った。
< 41 / 263 >

この作品をシェア

pagetop