キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「じゃあ、さっそく契約書にサインを……」
戸棚からふわりと飛んできた真新しい羊皮紙をキリがいそいそと広げて、ラグナードは「契約書?」と眉を持ち上げた。
「雇用契約を結ぶなら契約書を作らないとねー」
おいしい話に簡単に飛びついてくる間抜けかと思えば、こういうところは意外としっかりしているな、などと考えるラグナードの前で、
広げた羊皮紙を見つめるエメラルドの瞳が一瞬、妖しく光を放つようにきらめいた。
「はい、よろしく」
そう言って羊皮紙を渡され、ラグナードは首をひねる。
よろしくも何も、キリはまだインク壺もペンも取り出しておらず、当然、羊皮紙は白紙のはずだった。
──が、
インクもペンも使われていない羊皮紙には、赤く輝くリンガー・レクスの文字の羅列がびっしりと現れていた。
「これは──」
内心びびりながら、燃えているような赤い文字の群とキリの顔とを見比べると、
「魔法の契約書だよ」
と、年若い魔法使いはラグナードにほがらかに言った。
「サインは、ここに血判を押すだけでいいから」
「血判……」
後ろめたい考えを巡らしていた手前、
ラグナードは命を握られるようなその響きにひるんだ。
リンガー・レクスで書かれている内容は、先刻の口約束をそのまま文章に綴っただけで、特に何の変哲もないただの雇用契約書だった。
しかし魔法の文字がギラギラとまき散らす不思議な赤い光は、「下手な考えは持たないほうが身のためだぞ」と意地の悪い声で脅迫してくるかのようだった。
「これ、もしも契約内容を破ったらどうなるんだ……?」
書かれている内容にそんな項目はないが、ラグナードは思わず気になって平静を装いつつ尋ねた。
「んふふ。魔法使いとの約束を破ったらどうなるか?」
小鳥のさえずりのようなかわいい笑い声をもらして、少女は小さな魔女さながらにすごみのある表情を作った。
「それは、おとぎ話や物語の例とおんなじ」
動物の姿に変えられた狩人、
呪いを受けたお姫様……。
幼い頃に読んだ数々の物語で、魔法使いとの誓いを破った者たちがたどることになった悲惨な末路と不幸な運命を思い描いて、ラグナードの背筋が冷える。
「そうだなー。たとえば王子様だったら、本人と王家には末代まで永劫に続く呪いをプレゼントしちゃう」
「……覚えておこう」
見た目はかわいくとも、これから自分が契約を結ぼうとしているのが何者であるかを思い知らされて、
それでも、別にここに書かれた約束の内容を堂々と破るわけではないのだからかまうものかと、ラグナードは親指をかみ切って契約書に血判を押した。
戸棚からふわりと飛んできた真新しい羊皮紙をキリがいそいそと広げて、ラグナードは「契約書?」と眉を持ち上げた。
「雇用契約を結ぶなら契約書を作らないとねー」
おいしい話に簡単に飛びついてくる間抜けかと思えば、こういうところは意外としっかりしているな、などと考えるラグナードの前で、
広げた羊皮紙を見つめるエメラルドの瞳が一瞬、妖しく光を放つようにきらめいた。
「はい、よろしく」
そう言って羊皮紙を渡され、ラグナードは首をひねる。
よろしくも何も、キリはまだインク壺もペンも取り出しておらず、当然、羊皮紙は白紙のはずだった。
──が、
インクもペンも使われていない羊皮紙には、赤く輝くリンガー・レクスの文字の羅列がびっしりと現れていた。
「これは──」
内心びびりながら、燃えているような赤い文字の群とキリの顔とを見比べると、
「魔法の契約書だよ」
と、年若い魔法使いはラグナードにほがらかに言った。
「サインは、ここに血判を押すだけでいいから」
「血判……」
後ろめたい考えを巡らしていた手前、
ラグナードは命を握られるようなその響きにひるんだ。
リンガー・レクスで書かれている内容は、先刻の口約束をそのまま文章に綴っただけで、特に何の変哲もないただの雇用契約書だった。
しかし魔法の文字がギラギラとまき散らす不思議な赤い光は、「下手な考えは持たないほうが身のためだぞ」と意地の悪い声で脅迫してくるかのようだった。
「これ、もしも契約内容を破ったらどうなるんだ……?」
書かれている内容にそんな項目はないが、ラグナードは思わず気になって平静を装いつつ尋ねた。
「んふふ。魔法使いとの約束を破ったらどうなるか?」
小鳥のさえずりのようなかわいい笑い声をもらして、少女は小さな魔女さながらにすごみのある表情を作った。
「それは、おとぎ話や物語の例とおんなじ」
動物の姿に変えられた狩人、
呪いを受けたお姫様……。
幼い頃に読んだ数々の物語で、魔法使いとの誓いを破った者たちがたどることになった悲惨な末路と不幸な運命を思い描いて、ラグナードの背筋が冷える。
「そうだなー。たとえば王子様だったら、本人と王家には末代まで永劫に続く呪いをプレゼントしちゃう」
「……覚えておこう」
見た目はかわいくとも、これから自分が契約を結ぼうとしているのが何者であるかを思い知らされて、
それでも、別にここに書かれた約束の内容を堂々と破るわけではないのだからかまうものかと、ラグナードは親指をかみ切って契約書に血判を押した。