キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
指を離すと、血の染みは不気味にうごめいてたちまちに形を変え、
羊皮紙には、ラグナード・フォティア・アントラクスという彼の署名が血のリンガー・レクスで刻まれた。
驚いたことに、血の文字は彼の肉筆の署名の筆跡そのままの形だった。
「ありがとー」
キリがさっと羊皮紙をさらって、ラグナードの署名の下に彼女自身の指を押し当てた。
彼女は特に指を傷つけるような仕草をしていなかったが、これも魔法なのか、皮膚が破れて同様に羊皮紙に血の染みを作り──染みは文字に姿を変えてキリという少女の署名になる。
「これでヴェズルングの杖はわたしのものー」
大事そうに羊皮紙を丸めてすりすりとほおずりするキリを見て、「パイロープをなんとかしたらな」とラグナードは念を押した。
風はいまだ激しく吹き荒れていたものの、
雨は幾分弱まり、森の中の小さな家の屋根をたたく雨粒の音は小さくなっていた。
「よし。夜が明けて嵐がおさまっていたら、すぐに出発だ」
イスから立ち上がり、ラグナードは薄紫の瞳で室内をぐるりと見回した。
「おい、湯浴みの支度をしろ」
狭い部屋の中にはバスタブなど見あたらなかったが、ラグナードはそう命じた。
「眠る前に風呂に入りたい」
「はい?」
マントを外し、白銀の鎧を脱ぎ始めた王子様の前に座ったまま、キリは首をかしげた。
「風呂くらいあるだろう。早く支度しろ」
「いや、ないよ」
「ないのか!?」
鎧の胸当てを外し、下に着こんでいた鎖かたびらを脱ごうとしていた手を止めて、ラグナードは目を剥いた。
「あるだろう?」
「ないよ、そんな贅沢で面倒なもの」
「お前は普段、風呂に入らないのか!?」
「入らないよ。普通はバスタブなんて持ってる人、いないと思うけど」
ラグナードは絶句して、キョトンとしている少女を見つめた。
「それに体なんて洗わなくても、魔法で汚れを全部消しちゃうから関係ないもん」
言われて彼は、最初にキリの魔法を受けた自分の体や鎧に何の汚れもにおいも残っていないことを確認した。
外した籠手を手にとってながめてみれば、召使いが徹夜で磨き上げてもここまできれいにはできないというほど、小さな隙間や凹凸部にいたるまで染み一つ残さずぴかぴかになっていた。
しかし「そういう問題じゃない」と、ラグナードは顔をしかめた。
羊皮紙には、ラグナード・フォティア・アントラクスという彼の署名が血のリンガー・レクスで刻まれた。
驚いたことに、血の文字は彼の肉筆の署名の筆跡そのままの形だった。
「ありがとー」
キリがさっと羊皮紙をさらって、ラグナードの署名の下に彼女自身の指を押し当てた。
彼女は特に指を傷つけるような仕草をしていなかったが、これも魔法なのか、皮膚が破れて同様に羊皮紙に血の染みを作り──染みは文字に姿を変えてキリという少女の署名になる。
「これでヴェズルングの杖はわたしのものー」
大事そうに羊皮紙を丸めてすりすりとほおずりするキリを見て、「パイロープをなんとかしたらな」とラグナードは念を押した。
風はいまだ激しく吹き荒れていたものの、
雨は幾分弱まり、森の中の小さな家の屋根をたたく雨粒の音は小さくなっていた。
「よし。夜が明けて嵐がおさまっていたら、すぐに出発だ」
イスから立ち上がり、ラグナードは薄紫の瞳で室内をぐるりと見回した。
「おい、湯浴みの支度をしろ」
狭い部屋の中にはバスタブなど見あたらなかったが、ラグナードはそう命じた。
「眠る前に風呂に入りたい」
「はい?」
マントを外し、白銀の鎧を脱ぎ始めた王子様の前に座ったまま、キリは首をかしげた。
「風呂くらいあるだろう。早く支度しろ」
「いや、ないよ」
「ないのか!?」
鎧の胸当てを外し、下に着こんでいた鎖かたびらを脱ごうとしていた手を止めて、ラグナードは目を剥いた。
「あるだろう?」
「ないよ、そんな贅沢で面倒なもの」
「お前は普段、風呂に入らないのか!?」
「入らないよ。普通はバスタブなんて持ってる人、いないと思うけど」
ラグナードは絶句して、キョトンとしている少女を見つめた。
「それに体なんて洗わなくても、魔法で汚れを全部消しちゃうから関係ないもん」
言われて彼は、最初にキリの魔法を受けた自分の体や鎧に何の汚れもにおいも残っていないことを確認した。
外した籠手を手にとってながめてみれば、召使いが徹夜で磨き上げてもここまできれいにはできないというほど、小さな隙間や凹凸部にいたるまで染み一つ残さずぴかぴかになっていた。
しかし「そういう問題じゃない」と、ラグナードは顔をしかめた。