キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「わかったよ。わたしが手伝ってあげるから安心して」

王子様を見つめて、キリはうれしそうに笑みをこぼした。

「期待している」

素っ気なく言って、ラグナードは鎧の胴の部分をいきなりキリに向かって片手で放り投げた。

「持ってみろ」

「へっ!?」

あわてて受け止めて、キリは目を瞬いた。

「軽い……」

ずしりと重そうに見えた金属の塊には、契約に用いた羊皮紙一枚分ほどの重さしかなかった。

「軽鉱の合金の鎧──?」

彼女は驚きに目を見張って、イスの上で暖炉の炎を照り返している白銀の鎧や鎖かたびらを凝視した。

「それ、まさか全部? 鎖かたびらも?」

「そうだ。全て身につけても、重さは普通の服を着ているのと変わらない。
寒冷地用の特殊合金だから、吹雪の中で着ていても凍傷を起こすこともないしな」


軽鉱石という特殊な鉱物はその名のとおりとても軽く、多くは空に浮いている。

強度が弱く、単独ではとても脆いため昔は使い道のない金属だったが、合金にする技術が開発されてからは様々な用途に用いられ、現在では各国が独自の製法で武器や防具にも使っている。

軽鉱で作られた武器や防具はまさに羽のように軽く、そして値段も馬鹿高い最高級品だった。


「うーん……こんなものを完全武装で当たり前みたいに着てるなんて……」

本当に本物の王子様なのかもしれない、とキリは胸の中でつぶやいた。


その王子様は、鎧をすべて脱ぎ捨てて、金の縁取りのある黒いシャツに革のズボンという格好になっていた。

光沢のある黒いシャツは、これもまたシルクで織られた高価な品であることが一目でわかる。

完全武装を解いた王子様は、すたすたとベッドに歩み寄り、

「ガルナティスまでは遠い。お前も今夜はよく休んでおけ」

そんな言葉を宣って、さっさと靴を脱ぎ捨てベッドに横になった。


「ちょっと、ちょっと」

と、キリが声を上げた。


「ねえねえ、それわたしのベッドだよ」

「それがどうした?」

布団をかぶったラグナードが面倒くさそうに言った。

「ふん、寝心地は最悪だが、庶民の持ち物では仕方ない。我慢してやる」
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