キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
凍る火の山へ
世界は、霧が固まってできたと言われている。
霧の中から大地が生まれ、人が生まれた。
霧とは、世界ではない状態だ。
大いなる回廊ニーベルングの周囲に広がる、ただただ白いばかりの世界の外側。
時折それは、世界の中にも発生し、世界を侵食する。
たとえば──
嵐の翌朝、しめった空気の森の中などに。
物音ひとつしない静寂の中で、ラグナードは目を覚ました。
体を動かそうとして、全身の重たさを感じる。
「おい……!」
重たいのは当然で、
ピンクの髪の少女が彼にしがみついて、むにゃむにゃすやすやと眠りこけていた。
「おい! 起きろ」
彼はどなりながら、体を抱き枕にしているキリをにらみつけた。
閉めきられた雨戸の外から薄く差し込んだ早朝の冷たい光が、部屋の中を灰色に照らしている。
「ふにゃ?」
寝ぼけた声を出して少女がモゾモゾと動き、ラグナードの胸に埋めていた顔を上げて眠たそうに目を開けた。
「おはよ」
「寝た気がしない……」
「ふえ? なんで?」
キリはほわほわと大きなあくびをして、ラグナードの体を解放し、ベッドの上に起きあがって首をかしげた。
「ふしぎ。わたしはぐっすりよく眠れたよ」
「俺はお前の毒のせいで失神してたんだッ」
へらへらと笑うキリの横で、
ラグナードは昨夜の悪夢がよみがえって怒りに顔を赤く染めた。
身支度を調え、
パンとチーズの簡単な朝食をすませて、
ただちに凍りついたパイロープへと向かうため、二人は古ぼけた魔法使いの家の外に出る。
きしむ木の扉を開いて一歩外へとふみ出した瞬間、
二人の視界を真っ白な色が塗りつぶした。
前日の嵐がうそのように、不気味な静けさが森を支配していた。
小鳥の声も、
虫の声も、
風の音も消え失せ、
木の葉の擦れる音ひとつ聞こえない。
ラグナードは戦慄した。
濃厚なミルクをとかした色の空気が、辺り一帯を漂っている。
忌まわしくも、神聖な、
白い、白い、世界ではない真っ白な色──
霧だ。