キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「なるほどな。お前が町から離れたへんぴな森の奥で、一人でどうやって生活していたのかやっとわかった」

最も近い町まで一ヶ月もかかる距離では、食料を買い出しに行くだけでも一苦労だが、十歩で一日分移動できるならば話は別だ。

「ああ、町まで行くなら三百歩」

と、キリはうなずいた。

「間に海や川があるとムリなんだけど」

常人が一月かかる距離をたったの三百歩で移動できるとは。

嵐の中を歩き通した三日間を思い出して、ラグナードは苦笑する。

この少女は、普通の人間の便利さや不便さとはずいぶんと感覚の違う生活を送ってきたらしい、と自らのことは棚に上げて彼は思った。


それから、周囲の大地や倒木を覆いつくすコケの絨毯と、コケの間からにょきにょきとつき出している青白いヒカリダケを見て、思い当たった。

「この辺りは、よく霧が出るのか?」

「うん。この森林地帯は『毎朝』霧が発生するよ。だから便利で住んでるの」

ニコニコしながら答えて、キリは首をかしげた。

「どうかした?」

「なんでもない……」


毎朝、霧が発生する。


湿潤な気候から想像したとおりの事実を聞かされて、ラグナードはようやく己の幸運を知った。

たまたま嵐の日に当たって、それの天候が魔法使いの家にたどり着くまで続いたのは、不運ではなく運が良かったのだ。

さもなくば彼は、森の中で確実に霧に遭遇していたに違いない。


「大丈夫? 顔が真っ青だよ」

ラグナードの顔を見上げて、キリは心配そうに眉を寄せた。

「霧の毒気に当てられちゃった?」

「いや……少し、子供のころの嫌なことを思い出しただけだ」

「ふうん?」

キリはラグナードの顔をのぞきこんでいたが、口をつぐんだままそれ以上何も言わないラグナードの様子を見てとって、視線をコケに覆われた空き地に移した。

「杖は? 見あたらないけど、どこ?」

キョロキョロと、せわしなくエメラルドグリーンの瞳を動かして、キリは尋ねた。

雲間から降り注いできた朝日に、しめった緑の絨毯とキノコがキラキラと光をあびて輝いているだけで、空き地の中には特に何もない。

倒木や木の根とおぼしきものが、コケにくるまれてそこここで緑色のふくらみを作っているのみだった。


清涼な空気を深く吸いこみ、
気を取り直して、ラグナードは近くにある大きなコケのふくらみに歩み寄った。

「これだ」

と言って、彼は緑のコケをまさに絨毯のようにめくり上げた。

「みゃっ?」

キリが子猫のように飛び上がって驚いた。


朝日が、
コケを付着させた偽装網によって隠されていた、漆黒と深紅の色を照らした。
< 58 / 263 >

この作品をシェア

pagetop