キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
言葉を失って不可思議な現象を見つめるラグナードの前で、

"イグニス・コクシト・アドレビート"

キリの口があやしげな言葉をつむいで、


ポッと、薪に小さな火が灯り、パチパチと音を立てて炎が燃え上がった。


「いったいなにをした──?」

ラグナードはたき火の温かな光と熱とに救われた思いで手をかざしながら、魔法でたき火は作れないと言ったばかりにも関わらず、見事にたき火を出してみせた魔法使いを見つめた。

「燃やすものがなかったから、おうちから持ってきた薪を使ったの」

「──なんだと?」

耳を疑って、ラグナードは聞き返した。

「薪を持ってきた……?」

「そう」

キリは懐から、さきほどの小瓶を取り出して見せた。

「留守の間に、泥棒が来たら大変でしょ。
だから大きさと重さを霧にして消して、この中に入れて持ってきたの。おうちの中にあったものをいろいろ」

ラグナードはあんぐりと口を開けた。

「それで今は、大きさと重さがない状態を消して、もとの薪にもどしたの」

まるでカバンの中に貴重品を入れて持ってきた、というだけの内容であるかのように、キリはこともなげに語って、大事そうに小瓶を懐にしまった。

向かいにちょこんと座って炎を見つめている少女の、常人とはまったく違う感覚にラグナードはあきれた。

ようやく彼にも、少女が言っていた「荷造り」の意味がわかったが──

「俺には、こんな魔法よりも火を燃やし続けることのほうが難しいというのがさっぱりわからん」

ラグナードは先刻心の内で思ったことを撤回した。

やはり魔法が便利なことには違いなかった。



たき火をはさんで座ったラグナードに、キリは興味津々の様子で

「その剣──」

と言って、かたわらに置かれたラグナードの剣を示した。

「見せてもらってもいい?」

火に当たりながら、ラグナードは鞘から刀身を抜いて、キリの手に柄(つか)を握らせて渡した。

炎が、柄にくるくると巻きついた金属の装飾を金色に照らした。

「この【レーヴァンテイン】は、ガルナティスの王家に伝わる王国守護の聖剣だ。
王国一の剣の腕を持つと認められた剣士のみに、代々国王から授けられてきた」

ラグナードは得意げに口の端をつり上げる。

「わかるか? この剣を手にすることこそが、王国一の勇者の証だ。
ガルナティスに仕える者ならば、誰もが夢見る最高の栄誉というわけだ」

「つまりこの剣を持ってるラグナードは、ガルナティスで一番強い剣士ってことだね」

「そういうことだな。
この俺も、剣の師でもある国王陛下から直々に剣腕と武功を認められ賜った」
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