キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
自ら王国一の剣士でもあると宣う自称王子様は、気どった仕草でブロンドをかき上げた。

「どうだ、少しは俺に対して敬意をはらう気になったか?」

炎のゆらめきが照らし出す美しい顔に、ラグナードは完璧な微笑をうかべた。

紫色の瞳が見つめる先で、キリは胸をなで下ろした様子で、あー良かったと言った。

「ひょっとしてエバーニアでは、みんなラグナードみたいな剣の腕を持ってるのかと思っちゃった。
やっぱりラグナードが特別強かったんだ。
うん、すごい、すごい」

「…………」

敬意のかけらもない少女の言葉に、美青年のほほえみが引きつった。


「王家に仇なす邪悪をすべて斬り払うって言ってたよね?」

キリは、ずしりと重い鋼の塊を観察する。

柄の装飾こそ美しいが、王子様や貴族が手にしているイメージがあった細身の剣ではなく、肉厚の実戦的な刃を備えた剣だった。

「相手が敵なら、何が相手でも斬れる剣ってこと?」

その形状からは、バスタードソードのような斬ることにも突くことにも特化した剣であると知れた。

刀身に埋め込まれた宝玉が、炎を反射して美しくきらめいている。

「ヨクルみたいな魔物でも──人間でも?」

「魔物に使ったのは今日が初めてだ」

と、ラグナードは普段、その剣で何を斬ってきたのかを暗にほのめかした。

「人間が相手なら、重武装の鎧も紙くず同然に斬り裂くことができる」

王国一の剣士が手にしていれば、戦場でその特性がいかに有利に働くかはキリにも想像できた。


ガルナティス王国が戦っているのは人間の国だ。

ラグナードが「王家に仇なす邪悪」と呼んだ相手は、おとぎ話の勇者が戦うような魔物ではなく、人間の敵国の兵士のことだった。


血の大陸の王国で「聖剣」とまで呼ばれて代々伝えられてきたという剣は、数えきれない命を奪って血に染まってきたのだろう。


剣を見つめたまま黙りこんだキリの姿に、
ラグナードはこの少女が、己の魔法が戦争に使われることを拒んだのを思い出した。

たき火がパキンと音を立ててはぜた。

「恐ろしいか?」

自嘲気味に目を伏せた彼の長いまつげが、炎を受けて金の糸のように光った。

「えっ」

「その剣と俺が」

「ふえ?」

キリはぽかんとして、

「いや、この剣の力ってなんだか……霧の魔法に似てるなあ、と思って」

ラグナードはやや拍子抜けした。

それから彼女の口から飛び出した思いもよらぬ言葉に、顔をしかめながら視線を上げた。

「魔法と一緒にするな。聖なる剣だと言っただろう」

「だって鎧でも魔物でも何でも斬れるなんて、何でも消せる霧の魔法とおんなじだし」

キリは剣の刀身にはめこまれた九つの宝石と刻印とを示した。

「それに、これ魔法の刻印だよ?」

ラグナードは一瞬言葉につまって、

「……なんだと?」

聞き返す声がかすれた。
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