キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
エメラルドグリーンの瞳に、あやしい光が灯っている。

その輝きでレーヴァンテインを映し、キリは剣に手をかざした。


"第一にバチカル・第二にエーイーリー・第三にシェリダ・第四にアディシェス・第五にアクゼリュス・第六にカイツール・第七にツァーカブ・第八にケムダー・第九にアィーアツブス"


呪文が唱えられるうち、かざした手と剣とが光り始めた。


"我は境界の主なり"
ドミナス・リミニスの命において君臨せよ"


キリの口からつむがれる言葉は、彼女がラグナードに毒の口づけをした時や、さきほどたき火の火をつけた時に唱えていたものと同じあやしげな響きの羅列だったが、今回はその知らない言葉の意味がなぜかラグナードにもわかった。


"第一にケテル・第二にコクマ・第三にビナー・第四にケセド・第五にゲブラー・第六にティファレト・第七にネツァク・第八にホド・第九にイェソド"


宿屋の娘に魔法使いは心で会話することもできると語っていたとおり、強い魔法によって、キリの思考がそのままラグナードにまで筒抜けに伝わっているのだ。


"無神には王冠をもって霧へと還れ
第十にキムラヌート・第十にマルクト
物質は王国の剣たるべし"


キリがそう唱え終わると同時に、

封印の魔術を消滅させる強力な霧の魔術を受けて、光っていた九つの刻印のうち最も先端にあった一つの刻印から光が消え──


バキン、という硬質な音とともに、その刻印の中心にはめ込まれていたダイヤが割れた。


「おいッ!!」

思わずラグナードは悲鳴に近い声を上げた。

「割れたぞ!」

続けて、ダイヤの周囲にあった刻印が薄くなり、かき消えた。

ダイヤが刀身からはずれ、洞穴の地面に落ちてカラコロと転がった。

「おい! これッ!」

「ふう。封印解除終わりっ」

恐慌状態でパクパクと口を動かすラグナードに向かって、キリはニッコリとほほえんで息をついた。

よいしょ、と王家の聖剣を持ち上げて、ラグナードに手渡す。

「はい、どうぞ」

変わり果てた姿になった宝剣をしばし見下ろして、

「本当にだいじょうぶなんだろうな!?」

ラグナードは後悔しながらさけんだ。

「壊れたんじゃないのか、これ!?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

キリはへらへら笑って言った。

「封印を解くってこういうことだから。これでいいの。それより、どう? 強くなってる?」

言われて、ラグナードは聖剣を観察するが、宝玉と刻印が一つ減った以外には特に何も変化は見受けられなかった。

試しにそこらに落ちていた石を放り投げ、落下してきた石を斬りつけてみる。

石は真っ二つになって転がった。

「どう? どう?」

キリがうれしそうに身を乗り出した。

「どうって……これまでどおりだが……」

「えっ」

キリの笑顔がこわばった。
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