キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「……なんだと?」
かろうじて聞き返しながら、腕の中の少女の顔を紫色の瞳でのぞきこむ。
「魔法で温度を保ってたから、吹雪の中を歩いててもちっとも寒くないし、今もへっちゃら」
「まさか、今日一日中、おまえ一人だけずっと……」
「うん、そうだよ」
少しも悪びれたところのない日だまりのようなキリの笑顔は、彼の目には悪魔の表情に見えた。
マントに抱きこんでいた少女の体を、げし、と洞穴の壁に向かってけり出す。
「やあん。なにするのー」
ラグナードの腕の中から洞穴に転がり出て、キリが抗議の声を上げた。
「うるさい! キサマ、鬼か! 悪魔か!」
吹雪にさらされて冷えきった己の体と、腕に残ったほかほか温かなキリの体の感触とを比べて、ラグナードは本気で涙目になってどなった。
「今すぐ俺にもその魔法をかけろ!」
たとえ一瞬でも少女の体を心配して損をしたと、心の底から思った。
「ええ? やだよ。そんなよけいな魔力使うの」
小さな魔女は身を起こしながら、平然と血も涙もない言葉を返してきた。
「よ……よけいな魔力だと……?」
あまりに無情で思いやりのカケラもない発言に、ラグナードは二の句が継げずに喘ぐ。
「だってラグナードはぜんぜん寒いって言わないし、へいきなんでしょ?」
「平気じゃない!」
ラグナードは何年かぶりに泣きそうになりながら、必死に言葉をしぼり出して否定した。
「ええー? その鎧、寒い場所専用の合金だって言ってたじゃん。着てたら温かいのかなあと……」
「そんな素敵な鎧があるか! 寒冷地で肉体に接触していても、普通の金属のような凍傷をおこさないというだけだ」
「じゃあ、ラグナードも寒かったの……?」
キリはびっくりした顔になる。
「だったら寒いって言えば良かったのに──」
エメラルドの瞳は、あきれたように美青年を見つめた。
「俺より寒そうな格好のおまえが文句の一つも言わないのに、おまえをその格好でこんな場所に連れてきたこの俺が、自分だけ寒いと言ってさわげるか」
ラグナードはエメラルドの輝きから視線をそらしながらそう答えた。
キリは、こぼれ落ちそうなほどまん丸に目を見開いた。
「わたしのこと気にして、がまんしてたの?」
初対面の人間に横柄な態度でイスを引かせ、他人のベッドを堂々と占拠するような傍若無人さからはかけ離れていて、キリには想像もできなかったが、
ラグナードのこの行動は、若くして戦場で部下を率いる上官としての立場を務めてきた中で培われたものだった。
しかし、まさか寒い思いをしていたのが己一人だけだったとは。
それがいかに意味のない我慢だったかを思い知らされて、フン、とラグナードは苦々しい気分で鼻を鳴らした。
かろうじて聞き返しながら、腕の中の少女の顔を紫色の瞳でのぞきこむ。
「魔法で温度を保ってたから、吹雪の中を歩いててもちっとも寒くないし、今もへっちゃら」
「まさか、今日一日中、おまえ一人だけずっと……」
「うん、そうだよ」
少しも悪びれたところのない日だまりのようなキリの笑顔は、彼の目には悪魔の表情に見えた。
マントに抱きこんでいた少女の体を、げし、と洞穴の壁に向かってけり出す。
「やあん。なにするのー」
ラグナードの腕の中から洞穴に転がり出て、キリが抗議の声を上げた。
「うるさい! キサマ、鬼か! 悪魔か!」
吹雪にさらされて冷えきった己の体と、腕に残ったほかほか温かなキリの体の感触とを比べて、ラグナードは本気で涙目になってどなった。
「今すぐ俺にもその魔法をかけろ!」
たとえ一瞬でも少女の体を心配して損をしたと、心の底から思った。
「ええ? やだよ。そんなよけいな魔力使うの」
小さな魔女は身を起こしながら、平然と血も涙もない言葉を返してきた。
「よ……よけいな魔力だと……?」
あまりに無情で思いやりのカケラもない発言に、ラグナードは二の句が継げずに喘ぐ。
「だってラグナードはぜんぜん寒いって言わないし、へいきなんでしょ?」
「平気じゃない!」
ラグナードは何年かぶりに泣きそうになりながら、必死に言葉をしぼり出して否定した。
「ええー? その鎧、寒い場所専用の合金だって言ってたじゃん。着てたら温かいのかなあと……」
「そんな素敵な鎧があるか! 寒冷地で肉体に接触していても、普通の金属のような凍傷をおこさないというだけだ」
「じゃあ、ラグナードも寒かったの……?」
キリはびっくりした顔になる。
「だったら寒いって言えば良かったのに──」
エメラルドの瞳は、あきれたように美青年を見つめた。
「俺より寒そうな格好のおまえが文句の一つも言わないのに、おまえをその格好でこんな場所に連れてきたこの俺が、自分だけ寒いと言ってさわげるか」
ラグナードはエメラルドの輝きから視線をそらしながらそう答えた。
キリは、こぼれ落ちそうなほどまん丸に目を見開いた。
「わたしのこと気にして、がまんしてたの?」
初対面の人間に横柄な態度でイスを引かせ、他人のベッドを堂々と占拠するような傍若無人さからはかけ離れていて、キリには想像もできなかったが、
ラグナードのこの行動は、若くして戦場で部下を率いる上官としての立場を務めてきた中で培われたものだった。
しかし、まさか寒い思いをしていたのが己一人だけだったとは。
それがいかに意味のない我慢だったかを思い知らされて、フン、とラグナードは苦々しい気分で鼻を鳴らした。