キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「ねえ、気になってたんだけど」

マントにくるまったラグナードの横に、ふたたびちょこんと腰を下ろしながらキリは口を開いた。

「なんだ」

不機嫌な目でたき火を見つめて、ぶっきらぼうにラグナードが言った。

「ヨクルが出たとき、どうしてラグナードはわたしにさがってろって言ったの?」

キリは昼間のできごとを思い起こして、ずっと心に引っかかっていたことを尋ねる。

「わたしの魔法で倒せって言うのかと思ったのに」

この自称王子様は、率先して魔物を自らの剣で斬って回った。

昨晩の傭兵たちとのケンカと同じように、自らの剣腕を周囲に見せつけて自己顕示欲を満たすためかとも思ったが、知能の低いヨクルたちや、すでにラグナードの剣の腕のほどを知るキリの前でそんなまねをしても無意味である。

キリの魔法で消してしまったほうが効率が良かったのは、ラグナードも理解していたはずだ。

寒さで全身が凍え、体力を削られて疲弊していたのならばなおさらだった。


「おまえは昨日からずっと飛行騎杖を飛ばして、疲れていただろう」

と、たき火をにらんだままラグナードは答えた。


キリの胸に衝撃が広がった。

「ひょっとして、傭兵とケンカしたとき、わたしに『よけいなマネをするな』って言ったのも……?」

「ああ」

「わたしのこと、心配してくれてたの?」

「悪いか?」


キリはしばらくの間、初めて目にする珍しい生物でも見つけたかのようにしげしげと、整ったラグナードの横顔をながめていたが、

「うふふー」

やがてうれしそうな顔になって、ラグナードにすり寄った。

「なんだ……?」

「かけてあげる」

「なに?」

「魔法」

たき火からキリのほうに顔を向けたラグナードの唇を、

柔らかい少女の唇が包みこんだ。


毒のキスの凄惨な思い出が脳裏をよぎり、ラグナードは身を固くしたが──


今度は体に毒が回ることもなかった。


キリがしてきたのは、正真正銘の優しく甘いキスで、


唇を重ねるうちに、驚くべき変化がラグナードの体に起きる。

ナイフのごとく身を切り裂いていた冷気が消え失せ、春の木漏れ日の毛布に包まれているかのように、温かさが全身に満ちた。

血の気を失っていた足の先や両腕にも感覚がもどり、歯の根が合わないほどだった体の震えがおさまる。


毒のキスとは正反対の魔法の口づけだった。


無意識に少女の背に腕を回して抱き寄せ、しばしとろけるような優しいキスを味わって、

互いに白い吐息を漏らしながら唇を離す。


ぼうっと芯がしびれたような頭で腕の中のキリを見つめるラグナードに、キリは無邪気にほほえんだ。

「どう? 寒くなくなったでしょ」
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