キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「ああ……」

魔法の口づけとはこういうものなのか、理性をどこかに連れ去られてまだ夢の中にいるような気がしながらうなずき、

うそのように寒さが消えた体の感覚を確かめて、ラグナードは感動した。

たき火が照らし出す白い息だけが極寒の周囲の気温を物語っていて、何とも不思議な気がした。


「よけいな魔力は使いたくないんじゃなかったのか?」

「うふふ、気が変わったの」

うれしそうに言ってするりとラグナードの腕から抜け出し、キリはほわほわとあくびを一つした。

「二人分の魔法を使って、魔力は大丈夫なのか?」

先刻は理不尽さと怒りにまかせて自分にも魔法をかけろと言ったものの、眠たそうなキリを見て心配になるラグナードに、

「うん。このくらいは、朝まで眠ったら元気になってもとどおり」

優しい言葉をかけてもらって、キリは笑顔でそう答えた。


キリがたき火の横で猫のように丸くなり、すうすう寝息を立て始める。

自分に魔法を使ってくれた少女に、礼を言う代わりにそっとマントを外してかけてやり、

必要なくなったたき火を消して、ラグナードも横になり眠りに落ちた。






翌朝、洞穴の外に出ると吹雪が止んでいて、

二人はこの機を逃さず、飛行騎杖で一気に火口まで飛んでみることにした。


黒と赤の杖を雪の中から掘り起こし、わずかな距離を飛ぶだけなら影響はないと言うキリの魔力を使って飛行騎杖を浮かせ、斜面に沿って低速で慎重に山頂へと飛ぶ。


「絶えず火を噴くパイロープ山の火口が……」

やがて見えてきた火の山の頂は、白く氷に閉ざされて沈黙していた。

ラグナードは我が目を疑ってうめいた。

「火山をこのように凍りつかせるなど、やはり魔法使いの仕業とは、とても……──」

思えない、と言おうとして、ラグナードは言葉をとぎれさせた。


「なにかいる──!?」

ラグナードの後ろで、今日は手すりにつかまって立ったまま杖に乗っていたキリも、それに気づいて声を上げた。


飛行騎杖が火口に近づくにつれ、見えてきた火口の中に、巨大な何かがうずくまっていた。

小山のごとく大きな体には、白銀の草が生いしげる草原のように白い毛が生え、呼吸しているかのような「それ」の動きに合わせて波うっている。


「あれは、なんだ……?」

剣の柄(つか)に手をかけて、ラグナードは飛行騎杖の高度を上げる。


何かはわからないが、火口を覆い尽くすほどの巨躯(きょく)に白い毛。

特徴は完全に一致する。

あれこそが──


「宮廷魔術師が魔法で伝えてきたっていう映像の怪物?」

キリが彼の背中から言った。
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