始末屋 妖幻堂
「九郎助の旦那。この女子、そっと部屋に戻しておいてくれるかい」

 着物を着ながら、千之助はちょいと眠る里を指した。
 このままここで眠られてはまずかろう。
 冴とは訳が違う。
 千之助は、間男になってしまう。

『心得た。旦那はどうする?』

「俺っちは、佐吉の家に行ってくる」

 言いながら出て行こうとし、千之助は思い出したように九郎助狐を振り返った。

「そうだ。何かうちで預かってる奴が、えらい迷惑をかけたようだな。すまねぇ」

 里の襟首を荷物のように咥えながら、九郎助狐はにやりと笑う。

『何の、造作もないことよ。そういえば玉藻が食い破った男は、もっぱらわしの呪いだとかいう噂が立っておるがの』

「は。まぁ伯狸楼の破落戸なんざ、確かに九郎助の旦那に食われたって、文句は言えねぇ」

『あまりに無体なことをしやる者への見せしめも兼ねて、わしの祠の前に捨て置いたからの』

 再度すまねぇ、と謝る千之助に軽く首を振り、九郎助狐は里を尾で包むと掻き消えた。
 それを見届け、千之助は部屋の障子を引き開け、廊下から庭に下りた。

 築地塀の傍まで来ると、一旦腰を落とし、軽く跳躍して築地塀を跳び越える。
 そのまま一気に、千之助は村外れの佐吉の家まで走った。
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