始末屋 妖幻堂
 冴は目も口も大きく開けたまま、呆気に取られて千之助を見つめている。
 その様子に、また千之助は吹き出した。

 冴の反応も、もっともだ。
 小さな小間物屋の主人などが、遊郭の太夫を身請けするなど、到底無理な話だ。
 信じられないのも無理はない。

 が、千之助の言葉に嘘はないのだ。
 ただ、随分昔、もう当時を知る人もいないほどの時代の話なだけ。
 千之助が狐姫と出会ったのは、それほど昔なのだ。

 当時はまだ遊郭も全盛で、そこそこな半籬(はんまがき)で、狐姫は太夫を張っていた。
 が、如何せん狐姫の正体は妖狐である。
 なかなかな妖力を持った妖怪を相手にした男が、何ともない訳はない。
 体調不良な客が続出した。

 それでも狐姫がずっと太夫でいられたのは、体調を崩しながらも、一度狐姫を相手にした客は、彼女に会わずにはいられなくなるからだ。
 その妖しい魅力こそが、かつて時の権力者さえも骨抜きにした狐姫の魅力であり、魔力である。

「そ、そんな。いくら身請けのお金があったからって、太夫ともあろう者が、住むところも用意できない千さんのところに来るもんか?」

「ご挨拶だねぇ。ま、そこはホレ、惚れた弱みってやつ」

 ぬけぬけと言う千之助に、冴は一瞬泣きそうになった。
 が、次の瞬間、冴の右手がしなる。

 ばちーん! という小気味よい音が響いた。

「千さんの馬鹿ぁっ!!」

 思いきり頬に平手を喰らい、再び仰向けに転がる千之助をそのままに、冴は村のほうへ走り去った。
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