始末屋 妖幻堂
 引き攣る頬を必死で動かし、千之助は狐姫に声をかけた。
 が、狐姫は射抜くような眼差しで千之助を見つめている。

 その狐姫の氷の視線が、千之助の後ろで気を失っている冴を捉える。
 千之助は、背中に冷水を浴びたような心地になった。

「・・・・・・旦さん、あちきに嘘はつかないって、言ったよね」

 静かに言う狐姫に、千之助は内心『ひいぃぃっ』と叫び声を上げる。
 烈火の如く怒り狂われるよりも、氷のように淡々と言う狐姫のほうが、数倍怖い。

「・・・・・・その娘は何なんだい」

 狐姫が、顎で浴衣の合わせ全開な冴を指す。
 千之助は罰の悪そうに視線を彷徨わせた後、諦めたように、狐姫に向かってぺこりと頭を下げた。

「すまねぇ。世話んなったし、一生懸命尽くしてくれるからよ、つい情が湧いちまった」

 しばらくじっと千之助を見つめていた狐姫は、密かにきゅ、と奥歯を噛みしめた。
 かなり高等な妖怪である狐姫をも虜にする千之助だ。
 里娘が夢中になるのも当然、とわかっている。

 もっとも人外のモノは、千之助の本質を見抜いた上で惹かれるので、見てくれ重視の人間からすると、特に目を惹く外見でもない千之助など、本来そうもてる男でもないのだが。
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