始末屋 妖幻堂
「機嫌直してくれよ。帰ったら、清水の油揚げをご馳走してやるからよ」

 ぴく、と狐姫が反応する。

「な? この通りだ」

 顔の前で両手を合わす千之助に、狐姫は、ふん、と鼻を鳴らした。
 すとんと、その場に座る。

「・・・・・・全く、あちきを何だと思ってるんだか。でかい見世でもなかったけど、太夫まで張ったこのあちきよりも、鄙の娘に惹かれるなんて」

「そんなこっちゃねぇぜ。すっからかんになってまでお前さんを身請けしたのぁ、この俺だぜ?」

 言いながら肩を抱く千之助に、狐姫は大人しく身体を寄せた。
 何だかんだ言っても、惚れた男だ。

「敵わないねぇ、旦さんには」

 諦めたように息をつき、狐姫はひょい、と上を向くと、千之助の唇を吸った。

「他の女の陰の気なんざ、いつまでも身体に持っておくもんじゃないよ」

 ぺろ、と唇を舐める狐姫に、千之助は里を思い出した。
 色事に長けた人外の仕草は、皆妖艶だ。

 それに比べれば、冴は初心(うぶ)で新鮮だったな、と密かに思い、その思いを狐姫に悟られないように、千之助は自ら軽く狐姫と唇を重ねた。
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