始末屋 妖幻堂
「旦那は・・・・・・裏の遊女を運び出すのを手伝ってくれるかい」

 火事だと叫びながら各部屋を開けて回るおさんが、千之助に廊下の先を指して言った。

「ちょっと前に、遊女が大怪我してね。立つこともままならないのさ」

 言いながら、先に立って廊下を走る。
 部屋部屋からは、慌てた遊女らが飛び出してくる。
 まだ炎は上がってきていないが、煙がもうもうと立ち込めてきているので、皆周りになど構っていない。

 千之助のことを、気に留める者もない。
 行商で付き合いのある者もいるが、煙に紛れていれば、まず見つかることはないだろう。

「皆、火事だよ。逃げな」

 おさんが一つの大部屋の襖を引き開けた。
 そこには五人の遊女がい、皆が一斉におさんを見た。

「何? 火事?」

 一人の遊女が呟く。
 他の部屋では、火事だと聞くなり、驚いて腰を浮かせたものだが、この部屋の遊女は、特に急ぐ素振りも見せず、そのまま座ったままだ。

「ほら、急がないと」

 おさんが急かすが、遊女は、ふ、と笑みを浮かべただけで、窓辺に寄りかかった。

「逃げてどうなるってんだい。どうせこの苦界からは、逃れられないんだ。またここで裏要員として生きるぐらいなら、このまま死んだほうがマシさ」

 皆が皆、疲れたようにその場に座っている。
 一人だけ布団に寝そべっている遊女が、おさんの言っていた、怪我した遊女だろう。
< 350 / 475 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop