始末屋 妖幻堂
「千の旦那ともあろう者が、あんな狐に参っちまうとはね」

「・・・・・・言いたいこと言ってくれるぜ」

 ち、と小さく舌打ちする千之助に背を向け、おさんは近くの襖を引き開けた。

「それに、妖狐はそれなりに火に通じてる。九郎助狐ほどじゃないがね。旦那が心配するこっちゃないよ」

 背を向けたまま言い、おさんは部屋の中に入っていく。
 中程で立ち止まり、ちら、と振り返った。

「旦那。旦那だって、これっくらいの火事、どうってこたないだろうけど。今はお荷物抱えてるもんねぇ。・・・・・・こっちに来なよ」

 煙の充満する部屋の中から言われ、千之助は少し躊躇った。
 遊女らも、すぐにおさんの言うことを信用する様子はない。

 今まで、敵とは言わないまでも、少なくとも味方ではなかった遣り手だ。
 いきなり逃げていいと言われても、ほいほいと従って良いものか。
 廓では基本的に、人を信用するということは、あまりないのだ。

 が、千之助は迷いを振り切り、部屋の中に足を踏み入れた。
 千之助が部屋に入るのを躊躇ったのは、単に一つの小さな部屋内で煙に巻かれるのを警戒したからだ。

 一人なら、おさんの言うとおり難なく脱出できようが、今は遊女を抱えているのだ。
 そう力があるわけでもない千之助は、自由に動くこともままならない。
 うかうかしているうちに、煙に巻かれたら終わりだ。
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