始末屋 妖幻堂
「小間物屋の旦那。そっちなんかに行って、大丈夫なんかい?」

 一人の遊女が、千之助の袖を引いた。
 小菫(こすみれ)という遊女だ。

「おさん婆が、ほんとにあちきらを逃がしてくれるかな」

 横からもう一人、桃香(ももか)が呟いた。
 皆、おさんを信用していいものか、判断がつきかねるようだ。

「無理もねぇ。今まであんたらを、監視してたんだからな。けど、逃げていいってのが嘘だとしてもだ。死なれちゃ困るってのぁほんとだぜ。遣り手が廓を再開しようとしても、遊女がいないと何にもならん」

「それは・・・・・・そうだけど」

 渋りながら小菫たちは、ちらりと背後の階下を見、ひっと息を呑んだ。
 炎が迫っている。
 階段が焼け落ちそうだ。

「ほれ。どっちにしたって、もう下にゃ行けねぇ。そこにいたって、そろそろ廊下も落ちるぜ。さっさと来ねぇと、炎の海に真っ逆さまだ」

 千之助に促され、遊女らは皆部屋に入った。
 おさんは部屋の奥に進み、突き当たりの障子を開ける。
 小さな欄干のついた窓が姿を現した。

「ここから出るしか、なかろうね」

 欄干を飛び越え、おさんは、にやりと千之助に笑いかけると、そのままひらりと身を躍らせる。
 小菫らが、小さく叫び声を上げた。

 窓の傍まで走り、外を覗くと、もうそこにおさんの姿はない。
 狐の姿に戻って、駆け去ったのだろう。
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