始末屋 妖幻堂
「ああ。あちきは帰らない」

「でもさ、ここにもいられないだろ? どうすんだい?」

 桔梗は黙る。
 千之助は、煙管に新たな煙草を詰めながら、口を開いた。

「働き口なら、ちゃんとした口入れ屋を紹介してやるさ。ただ住み込みとなると、長の家と変わらねぇよ。山奥か都か、の違いだけだな」

 それに、と煙管で桔梗を指す。

「その口調。一発で花街上がりだってわかる。廓から逃げ出した遊女ってことがバレたら厄介かも。焼け落ちた伯狸楼からってのは、ちょいと足枷になるかもな」

「な、何で? あちきらは、勝手に逃げ出したわけじゃない。おさんが、逃げても良いって言ったじゃないか」

「おさんはな、腰掛け程度に遊んでた奴だからな。見世が潰れようが、どうだっていいんだ。けどよ、他の廓だって、火事になっても抱えた遊女は逃がさねぇだろ。そらそうだ、借金抱えてんだから、火事に乗じて姿をくらませば、廓からしたら、借金踏み倒されるわけだし」

 普通花街に生きる遊女らは、そのようなことは骨身に染みている。
 そう簡単に逃げられるところではないのだ。

 が、桔梗たちは伯狸楼に入れられたときから、世間から隔絶された裏見世に行かされ、他の花街を知らないまま今まできた。
 そういった花街のしきたりなど、あまりわかっていないのだろう。
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