始末屋 妖幻堂
「あ~、わかった。あんたはきっと、好いていた佐吉に裏切られた衝撃が強すぎて、そのこと自体を忘れてしまったんだ。だから、村のことも微妙にしか覚えてないんじゃないかい? 何で伯狸楼にいたのかも、わからないだろ?」

 狐姫の言葉に、小菊はこくん、と頷いた。
 その目からは、相変わらず涙がぼたぼたとこぼれている。

 頭が拒否して記憶の奥底に押しやったことでも、半端ない衝撃を受けた事柄は、忘れられるわけはないのだ。
 感情が反応し、訳がわからないまま涙が流れているということか。

「ふむ。尾鳴村のことを聞き出したときも、香の作用で記憶が呼び起こされてたんだな。そっか、あのときお前さんは、『あそこにいたのは佐吉だった』みたいなこと言ったな。お前さんが連れ去られるところを、佐吉は見たってことか」

「ああああ・・・・・・」

 小菊はその場に突っ伏した。
 信じていた佐吉が、己を売ったと思ったのだろう。
 そこを思い出せば、全てが繋がる。

 佐吉が自分を騙し、伯狸楼に売り払い、そのために自分は・・・・・・!

 そう考えれば、小菊の嘆きは想像に余りある。
 まだ年端もいかない、純な田舎娘だ。
 絶望に値するだろう。

 激しく泣く小菊の背を、千之助は、ぽんと軽く叩いた。
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