始末屋 妖幻堂
「そうか、そうじゃな。うむ、まぁそう考えれば、太夫の気持ちも、わからんでもない」

 狐姫は、少し胡乱な瞳で牙呪丸を眺めている。
 そんな例えで納得してもらっても、狐姫的には微妙だ。
 が、色恋や性的な感情がないに等しい妖(あやかし)には、言ったところで理解できないだろう。

 狐姫は気持ちを落ち着かせるべく、手の中の茶碗を口に運んだ。
 できるだけ稲荷に近づけようという心配りだろう、湯には少しだけ醤油と甘味が垂らしてあるようだ。
 ほのかに甘辛い味に、狐姫は、ふ、と和んだ。

「・・・・・・そろそろ夜が明ける。呶々女、ありがとう」

 茶碗を置いて、狐姫が立ち上がる。
 呶々女が、少し気遣わしげな目を向けた。

「そんな目で見るんじゃないよ。あんたのお陰で、ちょっと気が紛れたし」

 ぽん、と呶々女の頭を叩き、牙呪丸にも視線を送る。

「あんたもね。ようやっと心置きなく呶々女と一緒にいられるようになったのに、邪魔したね」

 一応牙呪丸にも礼を言う狐姫に、牙呪丸は饅頭を手にしながら、珍しく少し考えつつ口を開く。

「全くじゃ・・・・・・とはいえ、まぁお主が転がり込めるのは、ここぐらいじゃろうしの。仕方あるまい」

 これまた極めて珍しく、譲歩の姿勢を見せる。
 ふ、と狐姫は、鼻を鳴らした。

「じゃ、帰るよ」

 くるり、と地を蹴って宙返りし、狐姫は狐の姿になった。

「姐さん。大丈夫なんかい?」

『ああ。嫌だけど、仕方ないものね』

 なおも心配顔の呶々女に言うと、狐姫は窓から屋根伝いに、六条のほうへと駆け去った。
< 414 / 475 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop