始末屋 妖幻堂
 妖幻堂の屋根で、狐姫はちょっと迷った。
 千之助が小菊を抱いたのは確実だ。

 それはともかく、その後はどうなっているのだろう。
 このまま二階の千之助の部屋に行って良いものか。
 もしまだ小菊が千之助の傍にいるなら、そのような場面は見たくない。

 しばらく屋根の上をうろうろしていた狐姫だが、ふと店の戸が小さな音を立てたのに気づいた。
 狐姫の眼下で、そろ、と戸が開く。
 細く開いた引き戸から、千之助が顔を出した。

 千之助は、そのまま屋根を見上げ、狐姫の姿を認めると、軽く手招きする。
 何となく有無を言わさぬ雰囲気に、狐姫は素直に千之助のほうへ飛び降りた。
 が、地に足がつく前に、狐姫は千之助に抱き留められる。

『・・・・・・』

 大人しく千之助に引っ付いている狐姫を抱いたまま、千之助は店に入る。
 座敷に上がると、千之助は狐姫を膝に置いたまま、長火鉢に寄りかかった。

「・・・・・・どうしたぃ?」

 煙管を咥え、千之助が言う。
 狐姫は、ちらりと千之助を見上げた。

『何が?』

「いつまでも狐の姿のままでいるなんざ、珍しいわな」

『・・・・・・』

 何となく、いつもの千之助と違った雰囲気を感じ、狐姫は落ち着きなく黙り込んだ。
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