始末屋 妖幻堂
しばらく茫然としていた小菊だったが、とりあえず人が入って来たら怖いので、土間に降りて戸を閉めた。
そして、急ぎ足で座敷に戻ると、奥の炊事場へ走った。
作ってあった吸い物を器に取り、盆に載せて佐吉の元へと戻る。
「・・・・・・あの。お腹、空いてらっしゃるでしょ? 佐吉さんがここに来てから、結構経ってるみたいですし」
かた、と佐吉の横に盆を置き、小菊はおずおずと言った。
村から攫われて以来だ。
この二年間、そういえば佐吉のことを思い出すことが、あったろうか。
考えてみれば、頭の片隅にはあった。
だが何故か、記憶の片隅にあっても、特に気にならなかった。
千之助が分析した結果によると、小菊の記憶は大方が、佐吉に裏切られて廓に売られたという衝撃と、その後の伯狸楼での仕打ちによる現実逃避でおかしくなっていたらしい。
伯狸楼で佐吉を思い出せば、負の感情しか出て来ないため、己で頭の片隅に追いやっていたのだ。
自己暗示による、自己防御である。
伯狸楼を潰すことによって恐怖の芽を取り除き、その上で千之助は、香で小菊の自己暗示を解き、記憶を戻した。
佐吉に対する疑惑も、千之助の説明で解けたわけだが。
小菊は盆を置いただけで、すぐに佐吉から離れた。
状況的には二年前に戻ったとはいえ、己の身体にある傷は消えない。
千之助は初めてこの傷を見たときでも、大して驚かず、『ちょっと傷が付いたぐらいで』と言ったが、この胸から腹にかけて付いた傷は、『ちょっとの傷』などという生易しいものではない。
千之助だから気にならないだけで、普通の男なら引くだろう。
少し離れたところで俯く小菊に、佐吉もどうしたもんかと黙り込んだ。
気まずい沈黙が続く。
そして、急ぎ足で座敷に戻ると、奥の炊事場へ走った。
作ってあった吸い物を器に取り、盆に載せて佐吉の元へと戻る。
「・・・・・・あの。お腹、空いてらっしゃるでしょ? 佐吉さんがここに来てから、結構経ってるみたいですし」
かた、と佐吉の横に盆を置き、小菊はおずおずと言った。
村から攫われて以来だ。
この二年間、そういえば佐吉のことを思い出すことが、あったろうか。
考えてみれば、頭の片隅にはあった。
だが何故か、記憶の片隅にあっても、特に気にならなかった。
千之助が分析した結果によると、小菊の記憶は大方が、佐吉に裏切られて廓に売られたという衝撃と、その後の伯狸楼での仕打ちによる現実逃避でおかしくなっていたらしい。
伯狸楼で佐吉を思い出せば、負の感情しか出て来ないため、己で頭の片隅に追いやっていたのだ。
自己暗示による、自己防御である。
伯狸楼を潰すことによって恐怖の芽を取り除き、その上で千之助は、香で小菊の自己暗示を解き、記憶を戻した。
佐吉に対する疑惑も、千之助の説明で解けたわけだが。
小菊は盆を置いただけで、すぐに佐吉から離れた。
状況的には二年前に戻ったとはいえ、己の身体にある傷は消えない。
千之助は初めてこの傷を見たときでも、大して驚かず、『ちょっと傷が付いたぐらいで』と言ったが、この胸から腹にかけて付いた傷は、『ちょっとの傷』などという生易しいものではない。
千之助だから気にならないだけで、普通の男なら引くだろう。
少し離れたところで俯く小菊に、佐吉もどうしたもんかと黙り込んだ。
気まずい沈黙が続く。