始末屋 妖幻堂
「ほら。あそこに湯が溜まってるだろ」

 ようやく平らになったところで、娘はやっと腕を放した。
 少し先にある湯溜まりを指し、手に持っていた風呂敷包みを、傍の木に引っかける。
 そして、自分の帯を解きにかかった。

「・・・・・・お前さんも入るのかい」

 半ば予想していたことだ。
 都からの旅人となれば、この村人よりは良い暮らしをしていると思われる。
 都人のもてなしには、娘を差し出すものなのだ。
 気に入られれば、一緒に都に上がれるかもしれない。

「まぁ良いけどな」

 特に興味も示さず、千之助は己の帯を解くと、着ていた着物を脱いで、同じように木にかけた。
 そのまま、とっとと湯に入る。

 娘が、そそくさと着物を脱ぐ気配がした。
 状況はともかく、温泉は本物だ。
 千之助は湯に身体を沈めて、息をついた。

「良い気分だろ? この温泉は上質なんだ。たまぁに、お偉いさんも湯治に来るぐらいなんだよ」

 背後からの声に目をやれば、娘がざぶざぶと飛沫を上げて近づいて来ていた。
 思わず千之助の目が胡乱になる。

 まだうら若い娘が全裸で立っているのに、日頃狐姫のような女性(にょしょう)が傍にいるせいか、何の感情も起こらない。
 ばかりか、頭を抱えたくなるほどの残念さを感じてしまう。
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