始末屋 妖幻堂
 そのとき、かたんと音がして、店の入り口から、とらが入ってきた。
 とらは座敷に上がり込むと、小菊と狐姫を見、にゃ、と鳴いた。

「とら、何かわかったかい? ほら牙呪丸。とりあえず、とらの話を聞かないと。きっと呶々女からの知らせだよ」

 『呶々女からの知らせ』に、牙呪丸は素直にその場に座り直す。

---ったくこいつは。一体とはいえ、旦さんも別行動ぐらいできるようにしてくれれば良かったものを---

 はっきり言って『呶々女』という単語にしか反応しない牙呪丸に、狐姫は大きくため息をついた。

「とら、おいで。どれどれ」

 狐姫がとらを呼び寄せ、首に括られた組紐を確かめる。
 飾りの鈴の辺りに、小さな紙を見つけて引き抜くと、牙呪丸がずいっと顔を近づける。

「鬱陶しい。見たってお前、字、読めないだろ」

 狐姫は片手で牙呪丸の顔を押しのけた。
 そのような扱いにもめげず、牙呪丸は小さな紙に熱い視線を注ぐ。

「何と書いておるのだ。早ぅ読まぬか」

 まだ細かく折りたたまれた紙片を開いてもないというのに、人の都合などお構いなしに、牙呪丸は急き立てる。
 小菊は何となく、少し意外な気持ちで牙呪丸を盗み見た。

 雰囲気から察するに、この牙呪丸という青年は、呶々女とかいう女子のことを、よほど強く想っているらしい。
 このように美麗な青年に、ここまで想われるとは、呶々女というのは一体どういう女子なのか。

 実際は、おそらく人ですらない、千之助の作った何かなのだが、そんなことは知らない小菊は、ただ見も知らない呶々女という女子が羨ましくなる。
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