執着王子と聖なる姫
幼い頃、将来なりたいものを尋ねられた俺は、何の躊躇いもなく「メーシー!」と答えていたそうだ。そんな記憶はどこにも残っていないのだけれど、この年になっても父はそれを嬉しそうに話す。

素敵な父親…まぁ、嫌な意味だけれど、そんな人を親に持つと何かと大変だ。

「小さい頃はいっつもメーシー!メーシー!って麻理子と二人してくっついて来てさ、そりゃもう可愛かったんだ。あっ、二人共今でも可愛いんだけどね」

ほら、こうしてサラッと嫁自慢を入れるあたり、「痛い人」以外の何者でもない。もう慣れたものなのか、ケイさんもデザイン画に視線を落としたまま「へぇー」と素知らぬ顔だ。

「将来は俺になりたいんだよな?」
「それさ、何度も言うけど覚えてないんだって」
「酷いなー。俺嬉しかったのに」
「ガッカリさせついでに言っとくけど、今は全くそんなこと思ってないからな」

幼いながらに、「マリーが一番愛しているのはメーシーだ」とわかっていたのだろう。だからきっと、「なりたいもの = メーシー」に繋がったのだと思う。そうでなければ合点がいかない。

父のことは好きだけれど、俺は幼い頃から絵を描くことが好きだったのだから。ヘアメイクの仕事になど、微塵も興味は示していなかったはずだ。

「大人になっちゃって。やっぱり女の子の方が可愛いや」
「だったら、もうちょっとレイのこと構ってやれよ」
「今レイは家にいないだろ?やっぱセナちゃんだよなー」

長い髪を梳きながら、にこにこと嬉しそうだ。本当ならば触れさせたくはないのだけれど、俺は俺で今立て込んでいる。セナを一人で放っておくのも可哀相なので、父に子守がてらいじらせておくことにした。

「ちょっとごめん、メーシー。愛斗、ここどうする?」
「あぁ…それは、こっちのデザインで」

さっきから、ああでもない、こうでもないと大忙しなのだ。とてもではないが、セナを構っている余裕は無い。

「カラーコード…おっ、あった!どれくらいの色味がええ?」
「そうですね…あぁ、これなんかどうですか?」
「ちょっと暗くない?」
「セナは色白だし、綺麗に映えると思います」
「そっか。ならそうしよ」

どうやらここには服飾デザイナーも在籍しているらしく、必要な物は全て揃っている。

だったらそっちに進めば良かったのではないだろうか。この人が進むべき道を間違えているように思えてならない。
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