執着王子と聖なる姫
ギュッとTシャツを掴まれ覗き込むと、珍しいことにセナがベソをかいていた。何とも情けない顔で見上げられ、ふっと笑い声が洩れる。

「何で笑ってるんですか?」
「俺がいつそんなこと言った?」
「そんなこと?」
「俺がいつお前のこと好きじゃないって言った?」

長い髪を梳き、コツンと額を合わせる。こうするとスッと瞼が落ちる。慣れた手順の続きで、そっと唇を重ねた。


「ちゃんと好きだよ、聖奈のこと」


そう言えば、初めて名前をまともに呼んだ気がする。

「マナ」「セナ」と呼び合えど、俺達は「愛斗」「聖奈」とは呼び合わない。両親までもがそう呼ぶから致し方ないことなのかもしれないけれど、考えてみれば寂しい話だ。

「セナは…マナが好きです。大好きです」
「ん?知ってる」
「まだ足りませんか?マナがセナを大好きになるには、まだ足りませんか?」

ギュッと首に腕を回され、そのまま惹き合った唇が重なる。この瞬間が一番好きだ。誰にも邪魔されず、二人だけで溶け合える瞬間。心地好くて、腕の中から放したくなくなってしまう。

「お前さ、言ってたよな?大好き同士でkissすると気持ち良いって」
「はい、言いました」
「気持ち良いよ、お前とkissするの。ずっとこうしてたい」

細い腰を引き寄せ、ギュッと抱き締める。今までは、こうして妹を抱き締めることで寂しさを紛らわせていた。けれど、今は違う。心地好いのだ。セナが腕の中に居ることが、こうして抱き締めていられることが。


「俺をどうしたい?お前の望みなら何だって叶えてやるよ」


頬を撫ぜると、ゆらりと瞳の中の黒が揺れる。引き込まれてしまいそうな黒。羨ましいと何度思ったことか。


「セナだけの…セナだけのマナにしたいです。ダメですか?」


女の涙は卑怯だと思う。特に、こんな風に滅多に泣かない女の涙は、ちょっとした凶器にもなり得るのではないだろうか。
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