執着王子と聖なる姫
手早くシャワーを済ませてリビングへ行くと、既に身支度を済ませた父が優雅にコーヒーカップを傾けていた。

「飲む?」
「いや、自分でジュース入れる」

断ってキッチンへ行き、グラスにオレンジジュースを注いでそれを手に父の向いへ腰掛けた。

じっと見つめられ、ゴクリと息を呑む。
悪いことはしていない。けれど、どうもこの空気は苦手だ。

「ちゃんとルール守った?」
「まぁ、教えられてる通りに」
「なら良いよ」

もっと尋問されると思ったけれど、父はそれ以上何も言わずににこにこと笑っていた。それが逆に俺の不安を煽る。

「何か言いたいことあんなら言えよ」
「ん?」
「ホント読めないよな」
「よく言われる」

父はいつもにこにこと笑っていて、ワガママな母や妹を上手くあしらっている。それを冷めた目で斜め後ろから見ながらため息をつくのが俺。

この家族の中では、そんな役割分担がいつしか決まっていた。

「マナが思ってるほどさ、俺は温和な人間じゃないよ?」
「そうは見えねーけど」
「やっぱり子供の前だからね。麻理子がああだから、こうなるしかないだろ?」
「まぁ…そりゃな」
「俺だってマナくらいの頃は色々思うこともあったし…まぁ、結局麻理子を軸に動くしかなかったんだけど。それでも、やっぱ色々考えたよ」
「いつでも麻理子だな」
「そりゃそうだろ。麻理子は俺の全てなんだから」

あっさりとそう言い切ってしまえるのが、この人の凄いところだと思う。俺なら嫌だ。そう思い、自分の都合の良いようにセナを染めたのだから。

「君らにはさ、悪いと思ってるんだ」
「君ら?」
「マナと、レイ。寂しい思いさせてきたなーって」

何だ、わかっていたのか。と、ふぅっと息を吐き、それもそうだろうと思い直す。この人にはそんなことはお見通しだ。わかっていないはずがない。

「俺にとって麻理子が全てなように、麻理子にとってもそうなんだ。マナが生まれて、レイが生まれて…幸せは幸せだったんだけど、麻理子は俺に対する依存心が強くてさ。だからNYに行った。何も気にせず自由に暮らせるようになれば、少しはマシになるんじゃないかと思って」
「あぁ…」

右目の下をトントンと指先で叩き、肩を竦めた父。

自分の瞳のことも、俺の瞳のことも、母が随分と気にしていたことは知っている。
< 115 / 227 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop