執着王子と聖なる姫
バスルームで聖奈の体を洗いながら、愛斗はそっと二の腕に残った自分の歯型をなぞる。そして、満足げに笑んだ。

「怖いですよ、マナ」
「ん?」
「何を笑ってるんですか?」
「んー?秘密」

見上げる聖奈の不安げな表情も、愛斗にしてみれば小動物のようで加虐心を煽られる。いつしか紅い跡だけでは満足出来なくなり、こうして歯型を残すようになった。


ひとはそれを「変態」と呼ぶ。


「腕じゃなくて足にするかな」
「え?」

打ち付ける水音で聞き取れなかった聖奈が首を傾げると、愛斗は聖奈をバスタブに腰掛けさせ、片手で細い腰を支えながら片足を軽く持ち上げた。

「マナっ!?」
「お前は俺のだ」

ガブリと内股に噛み付かれ、聖奈はギュッと目を閉じる。

痛くないと言えば嘘になる。

けれど、その痛みが愛斗から与えられる愛情の証のような気がして。いくら周りに心配されたとて、聖奈自身には全くそれを拒絶する気は無かった。

「腕は目立つから、今度からこっちな」
「マナ、大好きです」
「短いの履くなよ?また見付かったらややこしい」
「はい」

変態カップルここに在り。


子供達がこんなどうしようもない状態に陥っていることを、それぞれの両親はまだ知らなかった。

「今日が初日なんですよね?」
「おぉ」
「楽しみですね」
「お前も卒業したら来ればいいんじゃね?」

いつでも二人一緒が良い。

今までそんな思いに駆られたことのなかった愛斗は、これが何なのかいまいちよくわかっていない。妹に向けていた依存心が矛先を変えただけ。ただそう思っていた。

「いつお嫁にもらってくれるんですか?」
「ん?わかんね」

纏った泡を流しながら素っ気なく応える愛斗に、聖奈はバスタブに腰掛けたまま少し唇を尖らせた。


初めての相手は旦那様


幼い頃からそう教えられてきた聖奈は、勿論佐野家に嫁ぐつもりでいる。明確に約束したわけではないのだけれど、晴人の友人の息子である愛斗もそう思っているものだとばかり思っていた。

「マナ、セナをお嫁に貰ってくれるんですよね?」
「うわっ。引っ付くなよ。泡が付く」

せっかく流した泡を再び付けられて不満げに抗議する愛斗は、不安げな聖奈の表情を見てくすっと笑い声を洩らした。そしてそのまま唇を奪い、今度は聖奈にもわかるように目の前でくすっと笑って見せる。


「お前が俺のこと捕まえてられたらな」


だから気を抜くな。と、湿気でべたりと張り付いた前髪を撫で付けられ、聖奈はコクリと頷いた。
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