執着王子と聖なる姫
まだ愛斗が幼い頃、母親であるマリに懐かない代わりに、聖奈の母親である千彩には異様に懐いていた。

成長して再会してからはそうでもないけれど、いつだってメーシーの脳裏にはまだ愛斗が千彩にベッタリだった頃の記憶が蘇る。

「マナは姫が大好きだったからね」
「今でも好きだよ」

自分に対してはそう易々とは言ってくれないのに、千彩に対してはいとも簡単に「好きだ」と言う。それを常日頃から不満に思っている聖奈は、愛斗の言葉にむぅっと頬を膨らませた。

「どした?」
「何でもないです」
「ふぅん。そっか」

わかっているのに敢えて訊く。そんなサディスト全開の愛斗に苦笑いを零しながら、メーシーは優しく言葉を紡いだ。

「大丈夫だよ。マナは姫には絶対手出し出来ないから」
「誰がそんな恐ろしいことするかよ」
「そうですよ、メーシー。それは危険過ぎます」

そんなことをした日には、愛斗の命は無い。

千彩を溺愛する晴人の荒れ狂う姿が、それぞれ容易に想像出来た。そして、三人同時にため息をつく。

「まぁ…姫は放っておくと危なっかしいからね。うん」
「だな」
「ですね」

誰の口からも、こんな微妙なフォローの言葉しか出てこない。
それからも見て取れるように、晴人の千彩への溺愛っぷりは「異常」そのものだった。

「おかしいな…昔はもっとこう…」

メーシーがそう言って首を傾げたくなるのも無理はない。千彩と出会う前の晴人とそれ以降の晴人では、まるで別人なのだから。

それから20年近くが経っても、メーシーはこうして首を傾げたくなる時がある。

「まぁ…とにかく、心配要らないよ。王子は心配だけど」
「大丈夫です。セナは何も心配してません」

アッサリとそう返され、メーシーは再び苦笑いを浮かべてコーヒーカップを傾けた。

「ごちそうさま。俺、荷物取って来るから」
「はい。お願いします」

先に朝食を済ませた愛斗が二階へ上がるのを見届けて、メーシーは再び聖奈に問い掛けた。
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