執着王子と聖なる姫
そんな様子をじっと眺めながら、レベッカは「これが噂の漫才?」と、とんでもないことを思いながら一人でコクコクと頷いていた。

「講師の話はセナから聞いてますよ。大丈夫なんですか?仕事」
「おぉ。晴人が無茶言わん限りは大丈夫や」
「あー…ハルさんですからね。わかんないですよ」
「せやろ?ちーちゃんがどうとか言うて平気で予定変えよるからな、あの男は」
「ですね」

高校を卒業してすぐにJAGでバイトをし始めた愛斗には、恵介のボヤキたくなる気持ちが痛いほどよくわかる。

千彩がどうだ、千彩がああだと言いながらあっさりと予定を変えてしまう晴人は、サポートスタッフ泣かせ以外の何者でもない。

元鬼畜も、非常に残念なことに今やただの嫁バカだ。

「昔からですか?」
「ちーちゃんと知り合ってからな」
「さすがハルさん。いや、さすがちーちゃん?」
「ちーちゃんは悪ない。悪いんは全部あの男や」

勿論それは愛斗とてわかっているのだけれど、どうしても千彩の「魔性疑惑」が払拭しきれない。そんなことを思いながら頷く愛斗のTシャツの裾を、放置プレイに飽きたレベッカがちょいっと引いた。

「hey,マナ」
「…それ、マリーと被ってるぞ、お前」
「Mary?」
「何でもない」

そこで初めてレベッカの存在を認識した恵介が、ムッと難しい表情を浮かべた。それに愛斗が気付かないはずもなく、先手を打って面倒くさいことを言い出す前にレベッカを紹介する。

「デザイン科のレベッカです。因みに、恋人がいるってちゃんと伝えてます」
「あっ…そうか。せやったらええんやけど」
「ベッキー、この人はケイさん。俺のsteadyの父親みたいな人。特別講師で授業受け持つはずだから」
「dady…みたいな人?」
「詳しく説明が必要か?」
「いいわ。よろしく、Kei」

スッと右手を差し出すレベッカを見ながら、愛斗は改めて思う。この引き際の判断力、一定の距離の保ち方、至るところが自分によく似ている、と。

振り払ったはずの思考を再び戻された気がして、愛斗はため息をつきたくなった。


「俺には聖奈がいるんで、心配要りません」


そう宣言したのは、何も心配性の恵介を安心させようと思ったからだけではない。相手が恵介で良かった…と、聡い晴人や厄介なメーシーではなかったことに愛斗は素直に感謝した。
< 135 / 227 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop